悪代官と越後屋の密談「キャバ嬢との恋愛」

「越後屋、今日の献上物、なかなか美味であったぞ」

黒沼玄蕃、通称「悪代官」は、満悦の表情で盃を傾けた。隣に座すは、悪代官に取り入り私腹を肥やす商人、越後屋宗右衛門。湯上がりの熱気が残る別邸の一室に、二人の男の声が響く。

「ははあ、お代官様にお気に召していただき、越後屋冥利に尽きまする。今朝ほど、江戸から届いたばかりの『とろけるうに』でございまして」

越後屋は卑屈な笑みを浮かべ、玄蕃の盃に酒を注ぐ。

「うむ。して、越後屋。そち、最近の若者たちの『色恋沙汰』とやらについて、何か妙な噂を耳にせぬか?」

玄蕃は急に真顔に戻り、越後屋に問いかけた。越後屋は内心たじろぎながらも、心得顔で応じる。

「ははあ。もしや、お代官様がお聞き及びなのは、巷で流行りの『キャバ嬢との恋愛』というものでございましょうか?」

「おお、それよ! 『キャバ嬢』とな? なんとも耳慣れぬ響きだが、その方、詳しいようだな」

玄蕃は興味津々といった様子で身を乗り出した。越後屋はしたり顔で頷き、語り始める。

「へえ、実を申しますと、わたくしめも商売柄、若衆の遊び方には少々明るくございまして。この『キャバ嬢』なる御仁、日ノ本には昔からいた『水茶屋の女』や『遊女』とは、またひと味違うようでございます」

「ほう? 如何に違うのだ、越後屋」

「それがですな、お代官様。このキャバ嬢とやら、直接肌を重ねる商売ではございませんで。酒席にて男の話し相手となり、時に酌をし、時に笑顔を振りまき、男の気を引くのが仕事だとか」

玄蕃は腕を組み、唸った。

「ふむ……つまり、我らが時代でいうところの『高級な茶屋の女』といったところか。しかし、それほどまでに若者どもが熱を上げる理由がわからぬな。ただの話し相手に、大金を費やすとは」

「そこがミソでございまして、お代官様。このキャバ嬢、客に『夢』を見させるのがうまいそうでございます。『もしかしたら、自分と本当に恋仲になれるかもしれない』と思わせるのが、彼女たちの真骨頂とか」

越後屋は得意げに説明する。玄蕃は顎髭を撫でながら、さらに深掘りする。

「『夢』か……。つまりは、我らが時代の傾城が、男を手玉に取るのと似たような手管を使う、と?」

「まさにその通りでございます! しかし、現代の女は、より巧妙でございますぞ。例えば、客の誕生日には、手書きのメッセージカードを送ったり、店の外で偶然を装って会ったりと、客の心にじわりと入り込むようでございます」

「なんと! それはなかなか。しかし、男の方も、そこまでされて『これは真実の愛だ!』と本気にするものなのか?」

玄蕃は信じられないといった表情を浮かべた。

「それが、するようでございます、お代官様。特に、日頃から仕事に疲弊し、孤独を抱える男ほど、彼女たちの優しい言葉や気遣いに、コロリと騙されてしまうとか」

越後屋は、まるで他人事のように語るが、その口元には薄ら笑いが浮かんでいた。

「ふむ……。我らが時代にも、身分違いの恋に落ち、骨抜きにされた馬鹿者はいくらでもいたが、現代ではそれが、金銭を介した関係である、と。なんとも嘆かわしいことよな」

玄蕃は嘆息した。越後屋は、ここぞとばかりに話を続ける。

「おっしゃる通りでございます。しかも、厄介なことに、その『恋愛感情』を利用して、高額な酒を注文させたり、店のイベントに多額の金を落とさせたりするそうでございます」

「なんと! それはもはや詐欺ではないか!」

玄蕃は目を見開いた。越後屋は、してやったりという顔で頷く。

「ははあ、しかし、現代ではこれを『営業努力』と呼ぶそうでございます。客もまた、『彼女のために』と、自ら進んで金を貢ぐ。実に奇妙な関係性でございますな」

「越後屋、そちはどう思う? そのような関係に身を置く男たちを、どう見る?」

玄蕃は越後屋に問いかけた。越後屋はしばらく考え、口を開いた。

「わたくしめとしては、お代官様、それはまさに『愚か者のすること』としか言いようがございません。女の甘言に乗り、財産を食い潰すなど、商人としては噴飯ものでございます」

「そうか。しかし、一方で、私は思うのだ。男とは、いつの時代も女の掌で踊らされるものなのだ、と。たとえそれが、金銭を介した関係であろうと、心の隙間を埋める何かを求めているのかもしれぬ」

玄蕃は、遠い目をして呟いた。越後屋は、お代官様が珍しく人間らしい一面を見せたことに驚きを隠せない。

「お代官様……」

「だがな、越後屋。やはり、私腹を肥やす者からすれば、これほど都合の良い商売もあるまい。男の弱みに付け込み、金を搾り取る。まさに、そちが日頃からやっていることと、何ら変わりはないのではないか?」

玄蕃はニヤリと笑い、越後屋を射抜くような視線を送った。越後屋はギクリとし、冷や汗をかいた。

「滅相もございません、お代官様! わたくしめは、あくまで商売の道理に則って……」

「やかましいわ! まあよい。しかし、この『キャバ嬢』とやら、なかなか侮れぬ存在であるな。男の心を掴む術に長けている。そこは評価に値しよう」

玄蕃は再び盃を傾け、どこか感心したような表情を見せた。

「それにしても、現代の若者たちは、そこまでして『恋』を求めているのか。我らの時代なら、嫁取りが当たり前で、もっと堅実なものだったがな」

「ははあ。現代では、嫁を取るのも一苦労でございますからな。それに、しがらみも多い。その点、キャバ嬢との関係は、ある意味では気楽なのかもしれません」

越後屋は、現代の結婚事情にも言及した。

「気楽、か。しかし、その気楽さの裏には、己の財を失う危険が潜んでいる。それは、果たして『気楽』と呼べるものか?」

玄蕃は眉をひそめた。

「おっしゃる通りでございます。それでも、男たちはそこに『癒し』を求めてしまう。それほどに、現代社会は、男にとって生きにくい世になったのかもしれませんな」

越後屋は、どこか諦めたように言った。

「ふむ。越後屋、もしそちが、現代に生きていたとして、その『キャバ嬢』とやらにハマると思うか?」

玄蕃の問いに、越後屋は一瞬言葉を詰まらせた。

「わ、わたくしめがでございますか!? 滅相もございません! この越後屋宗右衛門、商売の才覚こそあれ、女の甘言に惑わされるほど、愚かではございません!」

越後屋は必死に否定したが、玄蕃は意地の悪い笑みを浮かべたままだった。

「ほほう? しかし、そちも若い頃は、吉原の女に散財したと聞くが?」

玄蕃の追及に、越後屋は顔を真っ赤にした。

「そ、それは昔のことでございまして……! 今ではすっかり更生し、真面目に商売に励んでおりまする!」

「よかろう、よかろう。まあ、人のことは言えぬ。私とて、若い頃は数多の女に貢いだものだ。今思えば、あれもまた、人生の経験であったか」

玄蕃はそう言って、遠い昔を懐かしむような目をしている。越後屋は、内心ホッとしながら、改めて玄蕃の盃に酒を注いだ。

「しかし、越後屋。今回の話を聞いて、私は確信したぞ。時代は変われど、男と女の営み、そしてそれに絡む金銭のやり取りは、いつの時代も変わらぬのだな」

「ははあ、お代官様のおっしゃる通りでございます。形は変われど、人の心は同じ。それがこの越後屋が商売で培った経験でございます」

「うむ。そして、その心の隙間を狙い、私腹を肥やす者も、またしかり、と」

玄蕃は越後屋をギロリと睨みつけた。越後屋は再び冷や汗をかく。

「お代官様……」

「まあよい。しかし、もしこの『キャバ嬢』とやらが、我らの時代にいたら、さぞかし繁盛したことであろうな。その手腕、私が見込んで、側室の一人にでも迎えてやったかもしれぬ」

玄蕃は冗談めかして言ったが、越後屋は真剣な顔で考え込んでいた。

「それは、とんでもないことになりそうでございますな、お代官様。お代官様の財が、あっという間に底を尽きてしまうやもしれません」

越後屋の言葉に、玄蕃は「ワッハッハ!」と大口を開けて笑った。

「それもまた一興! だが、さすがにそれは避けたいものだな。越後屋、やはりそちは、私に金銭面で助言を与える役目を、今後も怠るでないぞ」

「ははあ! お代官様のご期待に沿えるよう、この越後屋、粉骨砕身努力いたしまする!」

越後屋は深々と頭を下げた。

「しかしな、越後屋。この『キャバ嬢との恋愛』の話を聞いて、一つ思うことがあったのだ」

玄蕃は真顔に戻り、再び越後屋に問いかけた。

「と申しますと?」

「もし、このキャバ嬢とやらが、本当に心から男を慕い、私利私欲なく接していたとしたら、どうなるだろうな?」

越後屋は面食らったような顔をした。

「そ、それは……もしそうでございますならば、それはもはや『真実の愛』というものでございましょう。しかし、商売として成り立たなくなるのでは……」

「うむ。おそらくそうであろうな。しかし、そこにこそ、人の心の美しさがあるのではないか? 金銭や打算を超えた、純粋な心と心の繋がり。現代の若者たちは、それをどこかで失ってしまっているのではないか、と」

玄蕃は珍しく哲学的なことを口にした。越後屋は、ただただ驚くばかりだ。

「お代官様……そのような深いお考えが……」

「所詮は遊びの話ではあるが、そこに現代社会の歪みが透けて見えるような気もする。越後屋、世の中とは、いつの時代も、金で買えるものと、金では買えぬものとがあるのだな」

玄蕃は盃を置き、庭の満月を見上げた。越後屋もまた、玄蕃の言葉に静かに耳を傾けていた。

「まあ、堅苦しい話はこれくらいにしておこう。越後屋、今宵はもう一杯、付き合え。今度は、そちの秘蔵の酒を出すのだぞ」

玄蕃はいつもの悪代官の顔に戻り、越後屋に命じた。

「ははあ! かしこまりました! とっておきの『秘蔵酒』、すぐに用意いたしまする!」

越後屋は安堵の表情を浮かべ、立ち上がった。二人の会話は、夜が更けるまで尽きることはなかった。現代の「キャバ嬢との恋愛」という奇妙な文化は、悪代官と越後屋の目には、古今東西変わらぬ人間の業と欲望が凝縮されたものとして映ったのであった。

現代の「キャバ嬢との恋愛」について、悪代官と越後屋の視点から考察してみましたが、いかがでしたでしょうか? 他に何か気になる現代の文化について、彼らに意見を聞いてみたいものはありますか?

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