悪代官と越後屋の密談「マイクロソフトおじさん」

「越後屋、今日の稼ぎはどうじゃ?」

黒沼玄蕃は、上機嫌に扇子を煽った。彼の座す高座には、越後屋宗右衛門が深々と頭を下げている。薄暗い奥座敷には、墨染めの障子が閉め切られ、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れる。外の喧騒とは隔絶されたこの空間だけが、悪の密談の舞台に相応しい静寂に包まれている。

「お代官様におかれましては、いつもながらご心配り、かたじけなく存じます。お陰様で、先日の『デジタル奉行所システム導入』の件、つつがなく進んでおりまする」

越後屋は、にやけ面を隠すように頭を下げながら、しかしその声には隠しきれない悦楽が滲み出ていた。

「うむ、そちはいつも堅実じゃのう。して、例の『マイクロソフトおじさん』の件、進捗はいかが相成った?」

玄蕃は、扇子の動きを止め、鋭い眼光で越後屋を見据えた。越後屋は、一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直して口を開いた。

「ははあ、お代官様。さようでございます。あの『マイクロソフトおじさん』と申しますは、なかなか巧妙な手口でございますな。表向きは世のため人のためと称し、情報格差を是正するなどと謳っておりますが、その実、我らの利権を食い荒らす、まさに疫病神にございます」

越後屋は、忌々しげに吐き捨てるように言った。

「ふん、世間では慈善事業とでも思っておるのか。愚か者めが。ヤツらは、古き良き日本の商慣習を破壊し、新たな秩序を築こうとしておる。その先には、我らのような古参の商人は不要という魂胆が見え透いておるわ」

玄蕃は、苛立ちを隠せない様子で膝を叩いた。

「まことに仰せの通りにございます。あの者どもは、パソコンなるものを用いて、あたかもそれが民衆の生活を豊かにするかのように喧伝しておりますが、蓋を開けてみれば、その実、不必要な高額な機器を売りつけ、さらには毎月の利用料と称して金をむしり取ろうとする魂胆。まさに悪辣極まりない。しかも、それが『当たり前』であるかのように刷り込んでいるのですから、手の打ちようもございません」

越後屋は、玄蕃の言葉に深く同意を示し、さらに続けた。

「特に厄介なのは、あの『マイクロソフトおじさん』が、これまで我らが築き上げてきた『しがらみ』や『人情』といった、日本の美徳とも言える関係性を、全て『効率』の一言で切り捨てようとしている点にございます。彼らの言う『クラウド』とやらも、結局は我々が今まで培ってきた地域密着型の商売を根底から覆すもの。まさしく、商売の敵にございます」

「うむ、越後屋、そちの言うことはもっともじゃ。わしも常々そう思っておった。奴らは、これまで我らが何代にもわたって築き上げてきた信用と実績を、たった一台の箱と見慣れぬ記号の羅列で崩そうとしておる。ゆゆしき事態じゃ」

玄蕃は、眉間にしわを寄せ、深い溜息をついた。

「しかし、お代官様、ご安心くだされ。この越後屋、ただ手をこまねいておりません。あの『マイクロソフトおじさん』の弱み、しっかりと握っておりまする」

越後屋は、にやりと笑い、玄蕃に顔を近づけた。玄蕃は、興味津々といった様子で身を乗り出した。

「ほう、申してみよ。どのような弱みじゃ?」

「ははあ。あの者ども、表向きは『最新技術』とやらを標榜しておりますが、その実、その『最新技術』とやらが、いかに不完全で、いかに無駄が多いか、世間はまだ知らぬのでございます」

越後屋は、声を潜めて語り始めた。

「例えば、あの『Windows』とやら。頻繁に『更新』とやらを繰り返しますが、そのたびに不具合が発生し、業務が滞るとの苦情が後を絶ちません。また、新しい『バージョン』が出るたびに、それまでの使い慣れたものが使えなくなるといった声も耳にしております。これはまさに、わざと不完全なものを作り、新たなものを買わせようとする、悪質な商法にございます」

「なるほど、それは面白い。つまり、奴らは常に顧客に不安を与え、そして新たな商品へと誘導しておるというわけか」

玄蕃は、感心したように頷いた。

「まさにその通りにございます。それに、彼らが奨励する『クラウド』とやらは、情報がどこに保存されているか分からないという漠然とした不安を民衆に与え続けております。この不安こそが、我らが付け入る隙でございます」

「ほう、その心は?」

「お代官様、我々が売り出すのは、『安心』でございます。これまでの慣習に則り、顔の見える関係性の中で、確実に情報を管理する。いざという時には、越後屋が責任を持って対応する。そう訴えれば、民衆は必ずや我らの元へと戻ってくるでしょう」

「うむ、確かにそれは道理じゃ。人は見知らぬものよりも、慣れ親しんだものに安心感を覚えるもの。それに、越後屋、そちの言う『クラウド』とやらが、もし万が一にも情報が漏洩するようなことがあれば、その責任は誰が取るのじゃ? 遠く離れた異国の者が、果たして我らが民の心境を慮れるものか」

玄蕃は、越後屋の言葉に深く納得した様子で、膝を叩いた。

「お代官様、まさに仰せの通り。さらに申せば、あの『マイクロソフトおじさん』は、『サブスクリプション』と称して、毎月定額を支払わせる仕組みを推し進めておりますが、これもまた、民衆の懐を永続的に潤ませるための罠にございます。一度使い始めれば、解約するのも一苦労。まるで蜘蛛の巣に絡め取られるように、彼らの支配下に置かれてしまうのです」

越後屋は、唾を飛ばしながら熱弁を振るった。

「その通りじゃ! わしはあの『サブスクリプション』とやらを聞くにつけ、まるで年貢を先払いさせるようなものだと常々思っておったわい。しかも、年貢なら収穫に応じて増減するものだが、あれはそうではない。働かざる者も、遊んでおる者も、等しく同じ金を払わせる。まさに理不尽極まりない」

玄蕃は、越後屋の言葉に深く共感し、さらに声を荒げた。

「では越後屋、具体的にどう動くつもりじゃ? ただ文句を垂れておっても始まらぬぞ」

「ははあ、ごもっともにございます。そこででございますが、お代官様には、まず『デジタル奉行所システム』導入の遅延を民に訴えていただきたいのでございます」

越後屋は、意味深な笑みを浮かべた。

「ほう、遅延とな? それはどういうことじゃ?」

「はい。建前上は、セキュリティの強化、個人情報の保護を名目に、システム導入の審査を厳格化するのです。もちろん、裏では、あの『マイクロソフトおじさん』の提供するシステムの脆弱性をことさらに強調し、不安を煽るのでございます」

「なるほど。そして、その間に、我らが用意した『安心・安全の国産システム』を売り込むというわけか」

玄蕃は、越後屋の意図を瞬時に理解し、口元を歪めた。

「御明察にございます、お代官様。我らが用意するシステムは、これまでと変わらぬ手書きの帳簿を、そのままデジタル化したようなものでございます。見慣れた形式で、誰もが安心して使える。しかも、定期的なメンテナンスと称して、高額な保守費用を請求できるという寸法でございます」

越後屋は、悪びれる様子もなく、悪知恵を披露した。

「ふふふ、越後屋、そちはやはり商売上手じゃのう。見慣れたもの、安心できるものと謳えば、民草は疑うことを知らぬ。そして、保守費用と称して、永続的に金を巻き上げる。実に巧妙な手口じゃ」

玄蕃は、満足げに頷いた。

「それに加えて、お代官様には、『デジタル奉行所システム』の導入に伴い、一部の民が使用している『マイクロソフトおじさん』のパソコンが、新たなシステムに対応できない、とのお触れを出していただきたいのでございます」

「何と? それは少々強引ではないか?」

玄蕃は、一瞬たじろいだ。

「ご安心くだされ、お代官様。表向きは、あくまでシステムの安定稼働のため、と理由付けいたします。そして、その対応できないとされた民には、もちろん、越後屋が責任を持って、新たなパソコンとシステムへの移行を支援させていただきます。もちろん、手数料は頂戴いたしますが」

越後屋は、さらに畳み掛けるように説明した。

「その際、彼らが使い慣れた『マイクロソフトおじさん』の『Word』や『Excel』といったものと互換性のある、越後屋謹製の『越後屋文書作成帳』や『越後屋計算表』を売りつけるのでございます。見た目はそっくりでも、中身は全くの別物。もちろん、互換性は完全ではございませんゆえ、不具合が発生すれば、その都度、高額な修正費用を請求できる。まさに、打ち出の小槌にございます」

「おお、それは良い。民は互換性がないと知れば、また新たなものを買わざるを得ぬ。そして、その新たなものも、結局は越後屋の手のひらの上で踊らされるというわけか」

玄蕃は、越後屋の悪辣な計画に、声を出して笑った。

「御意にございます。さらに、あの『マイクロソフトおじさん』が普及させようとしている『オンライン会議』とやらも、我らには好都合でございます」

「ほう、それはどういうことじゃ?」

「お代官様、考えてもみてください。これまで顔を突き合わせて行っていた会議が、画面越しになる。そうなれば、これまでのような『お代官様への挨拶』や『手土産』といった習慣が廃れてしまいます。これは由々しき事態でございます」

越後屋は、わざとらしく嘆いて見せた。

「うむ、確かにそれは困る。わしの懐が寂しくなるではないか」

玄蕃は、本音を漏らした。

「そこで、でございます。お代官様には、ことあるごとに『オンライン会議では、お互いの心が通じ合わぬ』『やはり顔と顔を突き合わせてこそ、真の議論ができる』と、民に説いていただきたいのでございます」

「なるほど、そして?」

「そして、肝心な案件は、全てこれまで通り、奉行所にお越しいただき、直接お代官様にご相談いただく形にするのです。そうすれば、これまで通りの『お代官様への挨拶』や『手土産』といった慣習も廃れることなく、むしろ、より一層、我らの懐を潤わせることができましょう」

「うむ、それは良い。やはり、人は直接会って話すのが一番じゃ。しかし、オンライン会議自体を禁止するのは、少々世間の目にうるさいかもしれぬな」

玄蕃は、少し考え込む素振りを見せた。

「ご心配には及びません、お代官様。禁止するわけではございません。あくまで、『大事なことは直接』という方針を打ち出すだけでございます。形式的な会議はオンラインで済ませ、しかし、肝心な金目の話は、全て奉行所の奥座敷で、お代官様と私とで密談する。これが、我らの新たな儲けの道にございます」

越後屋は、狡猾な笑みを浮かべた。

「ふふふ、越後屋、そちはやはり悪知恵が働くのう。では、あの『マイクロソフトおじさん』が、いかに世のため人のためと謳おうとも、結局は金儲けが目的であるということを、民に知らしめるにはどうすればよい?」

玄蕃は、最後の仕上げを越後屋に委ねた。

「ははあ。これはもう、これまでの悪辣な手口を、世間に広く喧伝するしかございません。例えば、『頻繁な更新で不具合を誘発し、新たな商品を買わせる手口』『高額な月額利用料で民を縛り付ける悪しき慣習』『情報漏洩の危険性があるにも関わらず、責任を取ろうとしない無責任さ』など、具体的な事例を挙げ、民の不安を煽るのです」

「うむ、それは良い。しかし、ただ口で言うだけでは、民は信じまい。何か証拠となるものはないのか?」

「ご安心くだされ、お代官様。これまで『デジタル奉行所システム』の導入に際して、『マイクロソフトおじさん』から提出された見積もり書や契約書を、ことさら高額に偽装し、民に公開するのです。彼らが民からいかに搾取しようとしているか、数字として見せつければ、民は必ずや怒りに震え、我らが味方となるでしょう」

越後屋は、さらに具体的な策を提示した。

「な、なるほど! それは良い! 民の感情を揺さぶれば、我らが優位に立てる。越後屋、そちはやはり商売の天才じゃ。これならば、『マイクロソフトおじさん』の闇を暴き、我らが潤うことは間違いなし」

玄蕃は、高らかに笑い声を上げた。その声は、薄暗い奥座敷に響き渡り、まるで悪魔の哄笑のようであった。

「お代官様、これで我らの懐は、これまで以上に潤うことでしょう。これもひとえに、お代官様の御英断あってこそ。この越後屋、どこまでも、お代官様の金儲けのために尽力いたしまする」

越後屋は、深々と頭を下げた。彼の顔には、満足げな笑みが浮かんでいる。

「うむ、越後屋、大儀であった。今宵はこれで終わりじゃ。また近いうちに、新たな儲け話を持って参れ。わしはいつでも歓迎するぞ」

玄蕃は、扇子を閉じ、満足げな表情で越後屋を見送った。越後屋は、恭しく奥座敷を後にし、暗闇の中に消えていった。

残された玄蕃は、一人、蝋燭の炎を見つめていた。彼の脳裏には、金貨が山と積まれた光景が浮かんでいた。

「ふふふ、マイクロソフトおじさんよ。そちは世のため人のためなどと嘯くが、結局は我らと同じ、金に目が眩んだ欲深い人間よ。ならば、その欲深さを利用して、わしがさらに金儲けをしてやろうぞ」

玄蕃は、再び扇子を煽った。その風が、蝋燭の炎を激しく揺らし、奥座敷の闇を一層深くした。

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