悪代官と越後屋の密談「夫婦喧嘩の原因」

悪代官と越後屋、夫婦喧嘩の原因を語る

闇夜に提灯の灯りが揺れる。黒沼玄蕃の屋敷の一室で、悪代官と越後屋宗右衛門は向かい合っていた。盆には旬の果物が盛られ、上等な酒が銚子から注がれる。日中の悪事の報いか、はたまた酒のせいか、玄蕃の顔は赤らみ、目はとろりと潤んでいた。越後屋はいつものように丁重な笑みを浮かべながら、手酌で杯を傾けている。

「越後屋、今日の儲けは上々だったな」

玄蕃がにやりと笑い、杯を差し出す。

「ははあ、これもひとえにお代官様の日頃のご威光あってこそ。お代官様におかれましては、日毎月毎、ご健康でご壮健であらせられ、まことに喜ばしい限りでございます」

越後屋はへりくだりながら、玄蕃の杯を満たす。その口上は淀みなく、聞く者の耳には心地よい。しかし、その裏には冷徹な計算が隠されていることを、玄蕃は百も承知だ。だが、今の玄蕃は気分が良かった。今日の悪事がうまくいったからだけではない。昼間、些細なことで口論になった妻との仲も、なんとか修復できそうだったからだ。

「しかし越後屋、女というものは厄介なものだな。些細なことで怒り出し、一度怒ると手のつけようがない」

玄蕃はため息をつき、首を振る。越後屋は心得顔で頷いた。

「まことに。女とはまことに気まぐれな生き物でございます。わたくしの女房も、先日些細なことでわたくしを咎めまして、三日三晩口をきいてくれなかったことがございました」

「ほう、そちもか。して、そのほうの女房は何ゆえ怒ったのだ?」

玄蕃は興味津々といった様子で身を乗り出す。越後屋は一瞬躊躇したが、やがて苦笑いを浮かべた。

「それが……他愛もないことでして。わたくしが、つい若い衆と吉原へ繰り出したことが、どうやら女房の耳に入ってしまったようでして」

玄蕃はげほげほとむせび、口から酒を吹き出した。

「な、なんだと! 越後屋、そちも好色な男よのう。しかし、それはいかんな。妻帯者が吉原へ通うなど、女房が怒るのも無理はないわ」

「お代官様、ごもっともでございます。わたくしも反省しておりまする。しかし、男と申しますのは、たまには羽目を外したくなるものでございましょう? お代官様とて、お若い頃はそうではございませんでしたか?」

越後屋はにやりと笑い、玄蕃の顔を覗き込む。玄蕃は咳払いをして、顔をそむけた。

「ふん、何を言うか。わしは若い頃から堅物で通しておるわ。だが、まあ、そちの気持ちもわからんでもない。男と女の仲とは、まことに複雑なものよな。夫婦喧嘩の原因など、まさに十人十色といったところか」

「まことに。ですが、夫婦喧嘩の原因として、まず挙げられるのはやはり不倫ではないでしょうか」

越後屋は真面目な顔で言う。

「うむ、その通りだ。これはもう、夫婦の間に亀裂を生む、最も直接的な原因と言えよう。信義を裏切る行為なのだからな。だが、不倫と言っても様々だ。本気の恋に落ちてしまう場合もあれば、ただの一時の気の迷いということもある。越後屋、そちはどう思う?」

「さようでございますな。本気の不倫は、家庭を壊すことになりかねません。しかし、一時的な気の迷いであっても、相手の心には深い傷を残します。わたくしの知人で、妻に不倫がばれて、家財道具一式を叩き壊された挙句、夜逃げ同然に家を追い出された者がおりまして……」

越後屋はそこで言葉を切ると、遠い目をして杯を傾けた。玄蕃は面白そうにその話を聞いていたが、やがて真顔に戻る。

「まあ、不倫は論外として、次に来る夫婦喧嘩の原因は何だとそちは思う?」

玄蕃は問いかける。越後屋はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「それは……博打でございますな」

玄蕃は「おお!」と膝を叩いた。

「なるほど! 博打か! これは確かに根深い問題だ。わしも何度か、博打で身を持ち崩した侍や町人を見てきた。越後屋、そちの周りにも、博打で夫婦仲が険悪になった者はおるか?」

「ははあ。それが、実は私の遠縁の者が、博打にのめり込んでしまいまして。家財を売り払い、最後には妻の着物まで質屋に入れる始末。さすがに妻も堪忍袋の緒が切れ、離縁を突きつけられたそうでございます」

越後屋はため息をつく。

「ふむ、それは気の毒な話だ。博打は、一度足を踏み入れると抜け出すのが難しい。勝てばさらに欲をかき、負ければ取り返そうと深みにはまる。そして、金がなくなれば、家族にまで迷惑をかける。女房が怒るのも当然だ」

「まことに。博打は、不倫とはまた異なる種類の裏切りでございます。不倫が心の問題ならば、博打は生活の問題。生活が破綻すれば、夫婦関係も破綻いたします」

「だが、越後屋。博打と言っても、たまに気分転換にやるくらいなら、問題はないのではないか? 例えば、花札や将棋を少し嗜む程度であれば、それは博打とは言えまい」

玄蕃が問うと、越後屋は首を横に振った。

「お代官様、それは甘いお考えかと存じます。確かに、少額で嗜む程度であれば問題はないでしょう。しかし、博打には魔物が棲んでおります。一度その魔物に取り憑かれれば、理性を失い、際限なくのめり込んでしまうもの。最初は少額から始めた者でも、気がつけば取り返しのつかないほどの借金を抱えている、などという話は枚挙に暇がございません」

「うむ、確かにその通りかもしれんな。わしとて、若い頃に少しばかり手を出したことがあるが、あの高揚感と、負けた時の絶望感は、一度味わえば忘れられぬものだ。だからこそ、わしは二度と博打には手を出さぬと心に決めたのだ」

玄蕃は杯をぐいと飲み干した。

「それに、博打は金銭的な問題だけでなく、精神的な問題も引き起こします。博打に負けて家に帰れば、イライラして家族に八つ当たりをする。勝てば、逆に散財してしまい、結局は金の無駄遣い。いずれにしても、夫婦の間に争いの種をまくことになります」

越後屋は淡々と語る。その目は、まるで世のすべての悪行を見透かしているかのようだった。

「なるほどな。不倫と博打。どちらも夫婦にとって、まことに忌まわしいものよ。しかし、越後屋、わしは思うのだ。不倫は、まだ心のどこかに相手を思いやる気持ちがあるうちは、やり直せるかもしれぬ。だが、博打は違う。博打は、一度のめり込めば、家族のことも顧みず、自らの破滅へと突き進む。そして、その過程で、家族の絆をずたずたにする」

玄蕃は深刻な顔で言う。

「お代官様の仰る通りでございます。博打は、その性質上、中毒性がございますゆえ、自力で抜け出すのは至難の業。周囲の助けがなければ、泥沼から這い上がることはできません。そして、多くの場合、その周囲の助けとは、家族が差し伸べる手でございます。しかし、その手すらも振り払って博打に興じるようでは、夫婦関係の修復はもはや絶望的と言わざるを得ません」

「うむ。だからこそ、わしは博打だけは絶対に許さぬ。わしの屋敷に出入りする者で、博打に手を出しておる者がいれば、容赦なく叩き斬ってくれるわ」

玄蕃は言い放つと、刀の柄に手をかけた。越後屋は慌てて手を振った。

「お代官様、お待ちくだされ! そのようなことをなされば、世間の評判が悪うなりましょう。それに、わたくしの手前、お代官様のそのようなご決断は、少しばかり……」

越後屋は言葉を濁し、玄蕃の顔色を伺う。玄蕃はふっと笑い、刀から手を離した。

「冗談だ、越後屋。だが、それほど博打は恐ろしいものだということだ。わしは、己の身をもってそのことを知っておる。だからこそ、博打に手を出そうとする者には、容赦なく忠告する」

「ははあ、お代官様のご高見、まことに恐れ入ります。博打の恐ろしさを身をもって知っておられるからこそのお言葉。わたくしも肝に銘じておきます」

越後屋は深々と頭を下げた。

「しかし、夫婦喧嘩の原因は、不倫や博打だけではない。例えば、金銭感覚の違いも大きいな。夫が無駄遣いばかりする、あるいは妻が派手好みで金がかかる、などという話もよく聞く」

玄蕃は話題を変えた。

「まことに。金銭感覚の不一致は、日々の生活に直結する問題でございますゆえ、これもまた夫婦喧嘩の原因として看過できません。わたくしの知人にも、妻がブランド品ばかり買い漁り、家計を圧迫したことで、夫婦仲が冷え切ってしまった者がおります」

「ふむ、女はとかく見栄を張りたがるものだからな。だが、男とて同じだ。わしとて、新しい刀や鎧を見れば欲しくなるものよ。結局、夫婦というのは、互いの欠点を受け入れ、補い合わなければ、長続きはせぬものなのだ」

玄蕃はしみじみと語る。越後屋は静かに頷いた。

「お代官様のお言葉、まことにその通りでございます。夫婦とは、まるで二つの違う川の流れが合流するようなもの。最初は互いに逆らい合うこともあるでしょうが、やがては一つの大きな流れとなり、共に未来へ向かって進んでいくものでございます」

「越後屋、そちは良いことを言うな。まるで詩人のようだ」

玄蕃は上機嫌で越後屋の肩を叩いた。

「いえいえ、お代官様のご高説に感銘を受け、つい口が滑ってしまいました」

越後屋は恐縮したように頭を下げる。

「しかし、夫婦喧嘩というのは、ある意味、夫婦の絆を深めるための儀式のようなものかもしれんな。互いにぶつかり合うことで、相手の考えを知り、理解を深める。そして、仲直りすることで、より一層強い絆で結ばれる」

玄蕃は考え込むように言った。

「お代官様、まことにその通りでございます。わたくしも、女房と喧嘩をした後は、なぜか以前よりも仲が深まるような気がいたします。喧嘩を通じて、互いの本音をさらけ出し、より深く理解し合えるようになるのかもしれません」

「うむ。だが、度が過ぎた喧嘩は禁物だ。特に、言ってはならぬことを口にしたり、手を出したりするのは論外だ。それはもう、喧嘩ではなく、暴力だ」

玄蕃は真剣な眼差しで越後屋を見つめる。

「お代官様のお言葉、肝に銘じます。わたくしは、いかなる時も女房に手を出したことはございません。口論になることはございますが、それも度が過ぎぬよう、常に自制しております」

越後屋は胸を張って答えた。

「よろしい。その心がけは立派だ。しかし、越後屋、そちは一つ忘れておるぞ。夫婦喧嘩の最大の原因は、実は女房の機嫌を損ねた夫の不甲斐なさにあるのだ」

玄蕃はにやりと笑い、越後屋の肩を再び叩いた。越後屋は虚を突かれたように目を見開いたが、やがて噴き出すように笑い出した。

「お代官様、まことにお見事でございます! その通りでございますな。結局のところ、女房を怒らせるのは夫の不徳の致すところ。わたくしも、これからは一層、女房孝行に努めねばなりますまい」

「うむ。それがよかろう。越後屋、今夜はもう遅い。そろそろ帰って、女房に詫びの言葉でもかけてやるがいい。そして、夫婦円満の秘訣を、その身をもって実践するのだ」

「ははあ、お代官様のお言葉、肝に銘じます。それでは、これにて失礼いたします」

越後屋は深々と頭を下げ、部屋を出て行った。玄蕃は一人残され、静かに酒を飲む。妻との仲を修復し、今夜は安らかな眠りにつけそうだ。悪代官とて、夫婦円満を願う心は同じ。提灯の灯りが、闇夜に優しく揺れていた。

夫婦喧嘩の原因:不倫と博打

今回の話では、悪代官・黒沼玄蕃と越後屋宗右衛門が、夫婦喧嘩の原因として不倫博打について深く考察しました。

  • **不倫(浮気)**は、夫婦間の信頼を根底から揺るがす行為であり、本気の不倫は家庭を壊す可能性を秘めています。一時的な気の迷いであっても、相手に深い心の傷を残します。
  • **博打(ギャンブル)**は、金銭的な問題だけでなく、精神的な問題も引き起こします。一度のめり込むと自力で抜け出すのが困難であり、家族の絆をずたずたにする可能性を秘めています。特に、生活に支障をきたすほどの博打は、夫婦関係を破綻させる深刻な原因となります。

彼らはこれらの問題について、単なる経験談としてだけでなく、その影響や根深さについても語り合いました。そして、最終的には、夫婦関係においては、互いの理解と尊重、そして何よりも夫の心がけが重要であるという結論に至りました。

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