悪代官と越後屋の世直し談義「ボランティア活動」

「越後屋、今日の儲けは上々か?」

月明かりが障子越しに差し込む、黒沼玄蕃の屋敷の一室。重厚な構えの座卓を挟んで、いかにも腹黒そうな笑みを浮かべる越後屋宗右衛門が、にやつきながら深々と頭を下げた。

「お代官様には、いつもながら良い風が吹いておりまする。先日の材木の一件、おかげさまで見事な儲けでございました。これもひとえにお代官様のご威光あってこそと、心より感謝申し上げまする。」

越後屋は懐から金包みを出し、音もなく玄蕃の前に滑らせた。中身を確認するまでもなく、玄蕃は満足げに頷く。

「うむ。そちの腕前にはいつも感心させられる。わしもおかげで、この屋敷の普請も滞りなく進むというものよ。しかしな、越後屋。」

玄蕃はいつになく真剣な面持ちで、酒を注ぎながら越後屋に視線を向けた。越後屋は瞬時にその変化を察し、居住まいを正す。

「何でございましょうか、お代官様。」

「最近、どうにも世間の騒がしさが耳に障る。飢饉に喘ぐ村々、病に倒れる者たち、そしてその苦しみに付け込む輩が後を絶たぬ。わしとて、ただ私腹を肥やすばかりでは、いつかこの地位も危うくなるやもしれぬと、案ずることも増えてきた。」

越後屋は驚きを隠せない。いつもは民の苦しみなど顧みず、いかに搾取するかを画策する玄蕃の口から、まさか世の安寧を案じる言葉が出るとは思わなかったのだ。

「お代官様が、そのようなことをお考えになるのは、まことに意外でございます。しかし、まことにこの越後屋も同感でございます。いくら儲けを得ても、世が乱れてしまっては、商いもままならぬと申しましょうか…。」

越後屋は普段の卑屈な笑みを消し、神妙な顔つきで答えた。

「うむ。そこでだ、越後屋。わしはな、最近とみに考えることがあるのだ。『世直し』とは一体どういうことなのか、と。」

玄蕃は、盃を静かに置いた。

「世直し、でございますか。さすれば、お代官様はどのようなご高見を?」

「そちも知っておろう。最近、このあたりでも『施し』と称して、困った者たちを助ける動きが散見される。病に苦しむ者に薬を施したり、飢えた者に粥を分け与えたり。中には、無償で寺子屋を開き、貧しい子供たちに学問を教える者までいると聞く。世間では、これを『ボランティア活動』と呼ぶらしいが、そちはこのことについてどう思う?」

越後屋は、はたと膝を打った。

「なるほど、ボランティア活動でございますな! 実は、この越後屋も最近、その手の話に耳を傾ける機会が増えておりまして。表向きは善行を積むと見せかけつつ、裏ではちゃっかり利を得る輩もおりますが、中には真に困窮する人々を救おうと、身銭を切って尽力する者もおりまする。」

「ほう、そちもその手の話に詳しいとはな。では、越後屋、まずはこのボランティア活動とやらが、真に世直しに繋がるのか、そちの忌憚なき意見を聞かせてみよ。」

越後屋が語るボランティア活動の「美点」

「お代官様、まず第一に、ボランティア活動の美点は、その即効性にあると存じます。例えば、飢饉に苦しむ村に食料を届ける。これは、役所の裁定を待つよりも遥かに早く、民の命を救うことに繋がります。また、病に倒れた者に薬を施せば、瞬く間に苦しみを取り除くことができる。これは、民の間に広がる不満や絶望を、一時的ではありますが、和らげる効果があると申せましょう。」

越後屋は、普段の商売で培った言葉の巧みさで、淀みなく語り始めた。

「次に、政府の目が届かぬ隙間を埋める役割でございます。お代官様もご承知の通り、この国にはお上からの施しが行き届かぬ場所や人々が山ほどおります。そうした場所で、個人や有志の集まりが、自らの意思で手を差し伸べる。これは、お上の手が回らない部分を補完し、社会全体の安定に寄与すると言えましょう。」

「うむ、確かに。わしとて、この地の隅々まで目を光らせることはできぬ。そうした意味では、民自らが助け合うというは、ある種の秩序を保つことに繋がるかもしれぬな。」

玄蕃は腕を組み、越後屋の言葉に耳を傾けている。

「さらに、人々の連帯感と相互扶助の精神を育むという点もございます。困っている者を助けることで、助けられた者は感謝し、いつか自分も誰かを助けたいと願う。助ける側もまた、人との繋がりを感じ、自身の存在意義を見出す。そうした善意の循環が生まれれば、殺伐とした世の中にも、温かい光が灯ると存じます。」

「ふむ、つまりは、民草同士の結束を強め、ひいては世の安定に繋がるというわけか。なるほど、理屈はわからぬでもない。」

「そして、最後に、新しい解決策や社会変革の芽生えでございます。お代官様、ボランティア活動の中には、ただ施しをするだけでなく、根本的な問題解決を目指すものもございます。例えば、貧しい村に井戸を掘ったり、農業技術を教えたり。これは、一時的な救済に留まらず、民が自立できる力を与えることに繋がり、長期的にはより良い社会を築く礎となる可能性を秘めていると存じます。」

越後屋は、一呼吸置いて玄蕃の顔色を伺った。玄蕃は、これまでとは違う、どこか思慮深い表情をしていた。

玄蕃が語るボランティア活動の「懸念」

「越後屋、そちの言うことはもっともだ。しかし、この玄蕃、そう簡単に首を縦に振るわけにはいかぬ。良いことばかりではあるまい。そちの言う『ボランティア活動』とやらには、得体の知れぬ危うさも潜んでおるのではないか?」

玄蕃は、越後屋の言葉を一通り聞き終えると、今度は自らの懸念を口にし始めた。

「まず、持続性の問題だ。そちも申したように、彼らは無償で働くという。だが、人の善意には限りがある。一度や二度ならばともかく、永きにわたってその労力を捧げ続けることができるものか? 気まぐれで始めたものが、途中で頓挫すれば、かえって民の落胆を招き、新たな不満の種となりかねぬ。」

玄蕃の目は、鋭く越後屋を射抜いた。越後屋は、冷や汗をかきながらも、玄蕃の言葉に頷いた。

「まことに。お代官様のおっしゃる通り、志はあっても、日々の生活を投げ打ってまで奉仕し続けるのは至難の業でございます。いくら善意から始まったとて、金がなければ何もできぬ、という現実もございまする。」

「次に、質の担保が難しいという点だ。医術の心得もない者が病人に薬を施せば、かえって病を悪化させることもあるだろう。また、学のない者が子供に教えれば、誤った知識を植え付けることにもなりかねぬ。善意は尊いが、それが常に良い結果を生むとは限らぬのだ。」

玄蕃は、眉間に皺を寄せた。

「そして、最もわしが危惧するのは、秩序の乱れだ。越後屋、そちは『政府の目が届かぬ隙間を埋める』と申した。だが、それは裏を返せば、お上の統制が及ばぬところで勝手に事を起こすということだ。彼らが一体何を企んでおるのか、その真意は測り知れぬ。もし、彼らが善意を盾に、民衆を煽動し、我々お上に反旗を翻すようなことがあれば、どうするのだ?」

玄蕃の言葉には、悪代官としての狡猾さと、同時に権力を守ろうとする強い意志が滲んでいた。

「お代官様のご懸念、まことにごもっともでございます。善意を装い、裏で己の私利私欲を満たす輩もおりますし、中には、お代官様がおっしゃるような不穏な動きをする者もいないとは限りませぬ。」

越後屋は、顔色を失って答えた。

「さらにだ、越後屋。責任の所在が不明確という問題もある。もし、彼らの活動によって何かしらの問題が起きた場合、一体誰がその責任を負うのだ? お上は関与しておらぬゆえ、責任を問うこともできぬ。それでは、無法地帯と何ら変わらぬではないか。」

玄蕃は、盃を手に取り、一気に飲み干した。

「最後に、既存の社会構造への影響も無視できぬ。もし、ボランティア活動が広まり、民が自らの力で問題を解決できるようになれば、一体誰が我々お上を必要とするのだ? お上が民を支配し、統治する根幹が揺らぎかねぬ。それは、わしにとって、最も避けたい事態だ。」

玄蕃は、冷徹な目で越後屋を見据えた。

ボランティア活動の未来を巡る議論

「お代官様のご高察、まことに恐れ入りました。この越後屋め、そこまで深くは考えておりませなんだ。」

越後屋は、畏れ入ったように頭を下げた。

「うむ。では越後屋、このボランティア活動というもの、そちは一体どうすべきだと考える? 放置すれば危険、しかし、完全に禁じるのもまた、民の不満を募らせるだけかもしれぬ。世直しのためには、この活動とどう向き合うべきか、そちの知恵を貸せ。」

玄蕃は、越後屋に問いかけた。

「ははあ。では、この越後屋めが、僭越ながらいくつかの策をご提案させていただきまする。」

越後屋は、再び頭を上げ、その目に商売人としての鋭い光を宿らせた。

「まず、活動の透明化と監督でございます。お代官様のおっしゃる通り、得体の知れぬ活動は危険でございます。そこで、ボランティアを志す者たちには、事前にその活動内容、資金の出所、そして参加者を明確に報告させるのでございます。そして、お上の中で、彼らの活動を監視する部署を設ける。これにより、不審な動きを早期に察知し、未然に防ぐことができるかと存じます。」

「ほう、なるほど。監視か。それは悪くない。」

玄蕃は、ニヤリと笑った。

「次に、質の向上と教育でございます。ボランティア活動を行う者たちに対し、必要な知識や技術を学ぶ機会を与えるのでございます。例えば、医術を施す者には、経験豊富な医者が指導する場を設ける。教育を行う者には、適切な教材や教育法を教える。これにより、善意が空回りすることを防ぎ、より効果的な活動を促すことができましょう。」

「うむ。それは、民のためにもなるし、お上の手間も省けるかもしれぬな。」

「さらに、公的な認可制度の導入でございます。お上公認のボランティア団体を設け、一定の基準を満たした者たちには、お墨付きを与えるのでございます。これにより、民は安心して活動に参加でき、また、お上としても、どの団体が信用に足るかを見極める目安とすることができます。もちろん、その認可には、お代官様のご判断が大きく関わることと相成りますれば、お代官様の権威をさらに高めることにも繋がりましょう。」

越後屋は、抜かりなく玄蕃の機嫌を取ることを忘れなかった。

「ふむ、わしの威光を高めるか。それは良い。しかし、その認可制度とやら、銭を絡める手立てもあろうな?」

玄蕃は、越後屋の目を見て、にやりと笑った。越後屋もまた、同じような笑みを返した。

「お代官様、それはもちろんでございまする! 認可料を徴収することも可能ですし、お上公認の印籠を与える代わりに、我々越後屋のような豪商が、活動に必要となる物資を独占的に提供するといった仕組みも考えられましょう。これならば、お上は銭を得られ、我々もまた新たな商機を得られるというものです。」

越後屋は、すかさず商売の話に繋げた。

「うむ、さすが越後屋。そちの頭には、常に銭勘定が働いておるな。それでこそ、わしが信頼する越後屋だ。」

玄蕃は、満足げに頷いた。

「そして、最後に、お上主導のボランティア活動の推進でございます。民の善意に任せるだけでなく、お上自らが率先してボランティア活動を企画し、実行するのでございます。例えば、災害時にはお上が主導して復旧作業を指揮し、民衆を動員する。これにより、民は『お上は自分たちのことを考えてくれている』と感謝し、お上への忠誠心を高めることにも繋がりましょう。」

「なるほど、それは面白い。お上が表立って善行を行えば、民の信頼も得られよう。それに、その活動の最中、少しばかり手間賃をいただくことなど、いくらでも理由をつけられるな。」

玄蕃は、腕組みをして深く頷いた。

「お代官様、まさにその通りでございます! 公共の利益を名目とすれば、どのような名目で銭を徴収しようと、民は文句を申せませぬ。これもまた、お代官様のお力が強ければこその策でございます。」

越後屋は、深々と頭を下げた。

「うむ。越後屋、そちの意見、まことに参考になった。ボランティア活動とやら、一見すれば民のため、しかし、その裏には多くの可能性と危険が潜んでおる。だが、その可能性を我々お上の利益に繋げ、危険を制御できれば、これほど都合の良いものはない。世直しとは、つまりは、民を巧みに操り、我々お上の意のままに動かすこと、そして、その中で私腹を肥やす道筋を見出すことだということを、改めて思い知らされたわい。」

玄蕃は、高笑いした。越後屋もまた、その笑いに合わせて、嫌らしい笑みを浮かべた。

「お代官様、まことにその通りでございまする。世直しとは、つまるところ、権力を持つ者が、いかに巧みに世を動かし、自らの利益を最大化するかという、深遠な術でございますな。」

「うむ。それにしても、ボランティア活動か。世の中には、まだ見ぬ金脈が隠されておるものよ。越後屋、この件、そちとわしで、しっかりと取り組むことにしようではないか。」

「ははあ! お代官様のご期待に沿えるよう、この越後屋、粉骨砕身努力いたしまする!」

月明かりの下、悪代官と越後屋の邪悪な笑い声が、静かに響き渡った。世直しという名の元に、また新たな搾取の仕組みが生まれようとしていた。民の善意は、彼らの手によって、どのように利用されていくのだろうか。

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