悪代官と越後屋の密談「ユニセフ利権」

「越後屋、今日の月は殊の外、美しいのう」

月明かりが障子越しに差し込む黒沼玄蕃の屋敷で、越後屋宗右衛門は深々と頭を下げた。重厚な香炉からは白檀の香りが立ち上り、二人の密談の場をいっそう重苦しいものにしていた。

「お代官様におかせられましては、いかがでございましょうか。今宵も格別のお月見日和にございますな」

越後屋はにこやかに答えたが、その目は月など見ていなかった。ただひたすらに、目の前の巨大な利権の塊をどのように料理するか、その算段に余念がない。

玄蕃はフン、と鼻を鳴らした。

「月なぞ、金にはならぬ。それよりも、そちが持ち込んだ、あの『ゆにせふ』とやら、あれは一体どのようなものじゃ?」

玄蕃の言葉に、越後屋の顔がわずかに引き締まった。本題に入る合図だ。

「お代官様、それはまことに、途方もない儲け話にございます。かの『ゆにせふ』と申しますのは、はるか海の向こう、西の国の慈善団体でございまして、貧しき子供たちのために寄付を募り、世界中で支援を行っているとか」

「ふむ、慈善とな。そのような綺麗事、この玄蕃には肌に合わぬ。金にならぬ話ならば、今すぐ立ち去れい」

玄蕃は鋭い眼光で越後屋を射抜いた。越後屋は慌てて首を振る。

「滅相もございません、お代官様! まさにその『慈善』と申すものが、この度の肝にございます。世の衆生は、自身の懐は痛めずとも、人のためになることと聞けば、惜しみなく銭を出すもの。特に、か弱き子供のためとなれば、財布の紐は緩むばかりにございます」

「ほう? つまり、その『ゆにせふ』とやらの名を借りて、銭を集めるというのか?」

玄蕃の口元に、いかにも悪代官らしい笑みが浮かんだ。越後屋はさらに身を乗り出す。

「さようございます。しかし、ただ銭を集めるだけでは、いずれ尻尾を掴まれましょう。そこで考えましたのは、集めた銭の一部を、実際に貧しき子供たちに施すふりをするのでございます」

「ふり、とな?」

「はい。例えば、わたくしどもが作った粗末な食料や衣類を、高値で買い取らせ、それを支援品として送るのです。実際の原価は微々たるもの。しかし、そこには『ゆにせふ』のロゴをつけ、あたかも高品質な支援品であるかのように見せかける。これだけで、莫大な差益が生まれます」

玄蕃は腕を組み、深く頷いた。

「なるほど、その手があったか。つまり、慈善事業という美名を盾に、安物を高く売りつける、と。越後屋、なかなか悪辣な手口じゃな」

「お褒めに預かり光栄でございます、お代官様。さらに、この『ゆにせふ』は、世界中に広がる大きな組織。その名声と信頼は絶大でございます。わたくしどもが直接手を下さなくとも、この組織の傘下に入り込むことで、正当性を偽装できるのです」

「傘下、とな? 具体的にはどうするのだ?」

「はい。例えば、お代官様のお力添えをいただき、わたくしどもが設立いたしましたる『東国の子供を救う会』なる団体を、この『ゆにせふ』の提携団体として認めさせるのです。そうすれば、『ゆにせふ』の名のもとに、堂々と寄付を募ることができましょう」

越後屋は懐から一枚の書状を取り出した。そこには、それらしい団体名と、もっともらしい活動内容が記されている。玄蕃はそれを一瞥し、満足げに口角を上げた。

「ふむ、この書状に記されたる活動内容、いかにも世の善男善女が喜びそうなものばかりじゃな。病に苦しむ子供、学校に通えぬ子供、災害に遭いし子供……。越後屋、そちは人の心の弱みにつけ入るのが得意じゃ」

「お代官様には及びもつきません。しかし、この活動には、さらに奥の手がございます。それは、情報操作にございます」

「情報操作?」

「さよう。寄付を募る際、我らは悲劇的な物語を積極的に拡散いたします。飢えに苦しむ子供たちの写真、涙を誘うような体験談。しかし、これらは全て、我々が用意した、あるいは誇張したものでございます。人々の同情を誘い、感情に訴えかけることで、より多くの寄付を集めるのです」

玄蕃は感心したように目を細めた。

「そこまで抜かりなく練っておるとはな。しかし、集めた銭はどのようにして、我々の懐に入れるのだ? 寄付という名目である以上、使途が明確でなければ、いずれ疑われるぞ」

越後屋はニヤリと笑った。

「ご心配には及びません、お代官様。ここでまた、別の仕掛けがございます。集まった寄付金の一部は、確かに支援活動に使われることになっております。しかし、その支援活動を行うのは、わたくしどもが設立した、複数の関連会社なのでございます」

「なるほど、つまり、自作自演で銭を回す、ということか」

「まさにその通りでございます。例えば、支援物資の調達は、わたくしどもの商会が担当し、高額な手数料を上乗せいたします。支援品の輸送は、わたくしどもが所有する運送会社が請け負い、ここでもまた多額の運賃を請求いたします。現地の支援活動を行う団体も、わたくしどもの息のかかった団体に委託し、さらに資金を吸い上げるのでございます」

玄蕃は愉快そうに笑った。

「はっはっは! 越後屋、そちは真に抜け目がないのう。まさか、慈善という大義名分の裏で、これほどまでに巧妙な金の流れを作り出すとは。まさに、見事な錬金術じゃ」

「お代官様のご指導あってこそでございます。この仕組みがあれば、いかに大金を扱おうとも、全ての取引は正当なものとして記録され、誰にも咎められることはございません。帳簿上は、全てが慈善活動のために使われたことになりましょう」

「ふむ、だが、それだけではまだ足らぬ。さらに巧妙な手はないか?」

玄蕃の欲深さに、越後屋はむしろ喜びを感じた。それだけ、この計画の成功が目前に迫っている証拠だと感じたからだ。

「ございます、お代官様。この『ゆにせふ』の活動には、もう一つ、非常に利用価値の高い側面がございます。それは、国際的なネットワークでございます」

「国際的なネットワーク、とな?」

「はい。この組織は、世界中の様々な国で活動を行っております。つまり、国境を越えた金の流れを作り出すことが可能になるのです。国内で集めた寄付金を、海外の支援活動に送金すると見せかけ、その途中で資金の一部を別の口座に迂回させれば、追跡は非常に困難になりましょう」

越後屋は得意げに説明を続けた。

「例えば、わたくしどもが海外に設立したペーパーカンパニーを経由させるのです。そこで架空の取引を行い、資金洗浄を行う。そうすれば、金の出所も行き先も、誰にもわからなくなります」

玄蕃は満足げに頷いた。

「これならば、万が一、国内で多少の疑念が生じたとしても、金の行方は海の向こう。追跡は困難を極める。まさに完璧な手口じゃ」

「さようございます。そして、この『ゆにせふ』は、各国の政府や有力者とも強い繋がりを持っております。お代官様のお力があれば、この繋がりをさらに強化し、我々の活動をより盤石なものとすることも可能にございます」

「ふむ、つまり、この『ゆにせふ』の権威を盾に、さらに大きな利権を掴むことができる、ということか」

「まさにその通りでございます。お代官様がこの『東国の子供を救う会』の名誉顧問に就任なされば、世の衆生は疑いもなく寄付を行うでしょう。そして、お代官様のお名前があれば、役人の目も届きにくくなりましょう」

玄蕃はニヤリと笑った。

「はっはっは! 名誉顧問か。いかにもこの玄蕃に相応しい役目ではないか。慈善に名を借りた悪行、これぞ玄蕃の真骨頂じゃ」

「お代官様のお力添えがあればこそでございます。この仕組みが完成すれば、わたくしどもは、世の衆生から感謝されながら、莫大な富を築くことができます。そして、その富の一部は、もちろんお代官様のお手元に届くように手配いたします」

越後屋は深々と頭を下げた。玄蕃は月明かりに照らされた庭を眺めながら、満足げに酒を呷った。

「越後屋、そちの献策、まことに見事であった。この計画、即刻実行に移せ。そして、この玄蕃を、さらに豊かなる境地へと導いてみせよ」

「ははっ! お代官様のご期待に沿えるよう、この越後屋、粉骨砕身いたす所存にございます!」

二人の悪党の密談は、夜が更けるまで続いた。月は知っていた。慈善という美名の裏で、いかに醜い金儲けが企まれているかを。しかし、月は何も語らない。ただ、静かに二人を照らし続けていた。

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