「越後屋、今日の月もまた、殊の外美しいな」
黒沼玄蕃は、月明かりが差し込む書院の奥、上座に座し、にこやかながらも底の見えぬ笑みを湛えていた。その視線の先には、恭しく平伏する越後屋宗右衛門の姿があった。
「ははぁ。お代官様の御眼にかないますれば、この宗右衛門もこれに勝る喜びはございません」
宗右衛門は深々と頭を下げ、相変わらずの慇懃な物言いで応じる。薄暗い中に煌めく提灯の灯りが、二人の顔に不気味な陰影を落としていた。
「して越後屋。今宵呼び出したのは他でもない、面白き儲け話が舞い込んできたゆえ、そちの才覚を借りたいと思ってな」
玄蕃は扇子をゆっくりと開き、月を仰ぎ見る。その横顔には、新たな悪巧みを企てる愉悦が滲み出ていた。
「儲け話と申されますか。お代官様のお話とあらば、この宗右衛門、いかなる泥水も啜り、お力添えさせていただきまする」
越後屋は身を乗り出すようにして、玄蕃の言葉を待った。金儲けの匂いを嗅ぎつけると、この男の嗅覚は常人離れしたものがある。
「うむ。その気概、まことに見事よ。して、今回の儲け話の肝はな、女子アナ、すなわち『女のアナウンサー』とやらの商品価値をいかに最大限に引き出すか、ということよ」
玄蕃の口から出た意外な言葉に、越後屋は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。しかし、すぐにその表情は金の算段をする時の、あの独特な顔つきへと変わっていった。
「女子アナでございますか…? なれば、お代官様は、かの者らを何がしかの形で利用し、金子に変えようと?」
「まさにその通りよ、越後屋。現代では、あの者らの容姿や声、立ち居振る舞いが、民衆の目を惹きつけてやまぬと聞く。それをただの『放送』に留めておくは、あまりにも惜しいではないか」
玄蕃は口元に手を当て、にやりと笑った。越後屋は膝を叩き、深く頷く。
「なるほど、なるほど! 確かに、近頃は『女子アナ』とやらが、ことさら持てはやされております。絵草紙屋の店頭にも、彼女らを題材としたものが並び、飛ぶように売れると聞きますれば…」
「そうだ。その『人気』こそが、我らの狙うべき金脈よ。越後屋、そちは、あの者らをいかにして『商品』として仕立て上げ、民衆から金を引き出すか、その妙案を考えてみよ」
玄蕃は越後屋に、考える時間を与えるかのように、静かに酒を呷った。越後屋は頭を抱え、唸り始める。
「商品、でございますか…。まずは、かの者らの『人気』の源を探るべきかと存じます。顔立ち、声、知性、はたまた、その裏にある『清らかさ』のようなものが、民衆の心を掴んでおるのかもしれませぬ」
「うむ。清らかさか。それは面白い着眼点よ。しかし、清らかさだけでは金にならぬ。清らかなものを、いかにして『汚さ』…いや、いかにして『色』へと転じさせるか、それが肝要よ」
玄蕃は意味深な笑みを浮かべた。越後屋は、その言葉の真意を悟り、ハッと息を呑む。
「まさか、お代官様は…かの者らを、『表向きは清らかに、裏では…』と、そういうお考えでございますか…?」
「ふふふ。越後屋、そちは本当に勘が鋭いな。清らかなるものが、ある一点において『綻び』を見せた時、民衆はどれほどの興味を示すか、想像に難くないだろう」
玄蕃の言葉に、越後屋の顔に下卑た笑みが浮かぶ。
「なるほど! と申しますと、まずはかの女子アナどもを、徹底的に民衆の前に晒し、その『清らかさ』を植え付ける。そして、機が熟したところで、我らが仕掛けた『罠』にかける、と…」
「そうだ、越後屋。もっと具体的に言ってみよ。いかにして罠を仕掛ける? そして、その罠にかかった後、いかにして金に転じる?」
玄蕃は、越後屋の思考を促すように問いかけた。越後屋は手を擦り合わせながら、熱のこもった声で語り始めた。
「ははぁ! まずは、彼女らの『肖像画』を売り出すのがよろしいかと。ただし、ただの肖像画ではございません。『季節限定』や、『特別衣装』などと銘打ち、複数種を販売するのです。すると、収集癖のある者どもが、次から次へと買い求めまする」
「うむ。それは基本中の基本よ。しかし、それだけでは、大した儲けにはなるまい。もっと、民衆の『欲望』を煽るような手はないか?」
「お任せください、お代官様! 次に、『女子アナと一夜を共にする権利』とでも銘打ち、富裕層向けのくじ引きを行うのです。もちろん、実際に一夜を共にさせるわけではございませぬ。籤に当たった者は、彼女らの『サイン入り色紙』や、『私物の髪飾り』などを贈呈するとするのです。しかし、民衆は『ひょっとしたら、本当に…』という淡い期待を抱き、こぞって籤を引くでしょう。その高揚感が、金を生み出すのです!」
越後屋は興奮冷めやらぬ様子で、鼻息荒く語る。玄蕃は扇子で口元を隠し、満足げに頷いた。
「なるほど。民衆の『下世話な欲望』を巧妙に刺激するわけか。越後屋、その着眼点、まことに感服いたした。しかし、それだけではまだ足りぬ。もっと、長期的に、そして継続的に金を生み出す仕組みはないか?」
「ははぁ。それでは、こういたしましょう。女子アナどもを『歌い手』としてデビューさせるのです! 歌など上手くなくとも構いません。彼女らの『顔』と『声』があれば、民衆は喜んで銭を投げ打ちましょう。そして、その歌の歌詞には、我らが仕込んだ『商品』の名をさりげなく織り交ぜるのです。例えば、『越後屋の饅頭、今日もまた美味しい』などと歌わせれば、民衆は無意識のうちに饅頭を買い求めまする!」
越後屋は得意げに胸を張った。玄蕃は膝を叩いて笑い出した。
「はははは! 越後屋、そちは真に悪知恵が働く男よ! それは面白い。しかし、歌だけでは、いずれ飽きが来る。何か、常に新鮮な『刺激』を与え続ける方法はないか?」
「お代官様、それはまさに、今、私が考えておりましたこと! 彼女らの『日常』を、あたかも覗き見ているかのように、民衆に公開するのです! 例えば、『女子アナの朝の支度』と題した絵草紙を売ったり、『女子アナの休日の過ごし方』と称して、彼女らが買い物をしている姿を密かに撮影し、それを『隠し撮り写真集』として売り出すのです!」
越後屋の提案に、玄蕃の顔がにやりと歪んだ。
「隠し撮り、か。それはまた、民衆の『背徳心』を刺激する、まことにもって悪辣な手よのう。しかし、それだけでは飽き足らぬ。もっと、根本的に、女子アナの商品価値を『高める』手はないか?」
「ははぁ。では、彼女らに『スキャンダル』を仕掛けましょう! ただし、我らが仕込んだ、世間を騒がせる程度の、可愛らしいスキャンダルでございます。例えば、『人気若手役者との密会』などと題し、でっち上げの情報を流すのです。すると、民衆は彼女らの『人間味』に触れたかのように錯覚し、より一層の親近感を抱きまする。そして、その騒動の最中、彼女らの『謝罪会見』と称して、我らが用意した商品を宣伝させるのです! 民衆は、同情心から、我らが商品を買い求めるでしょう!」
越後屋は興奮して、身振り手振りで説明する。玄蕃は目を細め、静かに耳を傾けていた。
「スキャンダル、か。それはまた、なかなか大胆な手よのう。しかし、そのスキャンダルが、かの者らの『価値』を損ねては元も子もない。その辺りの匙加減が難しいところよ」
「ご安心ください、お代官様。あくまでも、『炎上商法』の一種でございます。騒動が大きくなりすぎぬよう、我らが裏で手を回し、火消しも同時に行うのです。そして、鎮火した頃には、彼女らの人気は以前にも増して高まっていることでしょう。民衆は、一度は離れても、また戻ってくるものですからな」
越後屋は確信に満ちた表情で言い放った。玄蕃は深く頷き、感心したようにため息をついた。
「うむ。越後屋、そちはまことに、金儲けに関しては天下一品よ。しかし、これらはあくまで『点』の儲け話に過ぎぬ。女子アナの商品価値を、より広範に、そして永続的に搾取し続けるには、いかなる手を講じるべきか?」
「ははぁ! それでは、こういたしましょう! 女子アナを育成する『私塾』を立ち上げるのです! 『夢を叶える女子アナ養成塾』などと銘打ち、多額の授業料を徴収するのです。そして、塾生の中から選りすぐりの者を選び、我らが支配する放送局に送り込む。そうすれば、彼女らは我らの『傀儡』となり、我らの意のままに操れる人材となります。そして、その『傀儡』となった女子アナが活躍すればするほど、塾の人気も高まり、次なる金が転がり込む。これぞ、永続的な金脈でございます!」
越後屋の提案に、玄蕃は満足げに目を閉じた。
「越後屋、そちはまさに、悪の天才よ! その手を使えば、女子アナどもを金の生る木として、永遠に我らの掌中に収めることができる。しかし、この私塾の運営には、それなりの手間と費用がかかろう。その辺りの算段は、いかがいたす?」
「ご安心ください、お代官様。塾の費用は、全て塾生持ちでございます。そして、講師には、引退した元女子アナや、人気のない役者などを安価で雇い入れます。そして、教材と称して、我らが作った『女子アナ成功の秘訣』などという、まことしやかな本を高値で売りつけるのです。これで、運営費は賄えまする!」
越後屋はにやにやしながら答えた。玄蕃は扇子を閉じ、静かに笑った。
「越後屋、まことに見事よ。今回の密談で、女子アナの商品価値をいかにして搾取するか、その全貌が見えてきた。しかし、事を進めるには、いくつかの障壁もあろう。例えば、民衆からの反発や、幕府の目など、いかにしてこれらを回避するか?」
「それは、ご心配には及びませぬ、お代官様。民衆には、『夢』や『希望』といった美辞麗句を並べ立て、巧妙に欺けばよいのです。そして、幕府の目つきには、日頃の『賄賂』が効いておりますゆえ、いかなる咎めも入ることはございますまい」
越後屋は自信満々に言い切った。玄蕃は静かに頷き、盃を手に取った。
「うむ。越後屋、まこと頼もしい限りよ。では、この計画、速やかに実行に移すことといたそう。抜かりなく、事を進めよ」
「ははぁ! お代官様の御命とあらば、この宗右衛門、命に代えても成功させてみせまする!」
越後屋は深々と頭を下げた。月明かりが、二人の影を長く、そして不気味に伸ばしていた。その夜、新たな悪の計画が、密かに産声を上げたのである。
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