悪代官と越後屋の密談「迷惑電話」

時は天保、ところは江戸。とある普請奉行の屋敷の一室で、油燭の光が揺れる中、悪代官・黒沼玄蕃と御用商人・越後屋宗右衛門が顔を合わせていた。夏の夜風が障子を揺らし、虫の音が遠くに聞こえる。しかし、この密室で交わされる会話は、そんな長閑な風情とは裏腹に、世にも恐ろしき金儲けの企みであった。

「越後屋、待たせたな」

黒沼玄蕃が分厚い唇の端を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべた。その眼光は鋭く、まるで獲物を定めた鷹のようだ。越後屋は深々と頭を下げ、恭しく答える。

「いえ、とんでもございません、お代官様。お呼び立ていただき、光栄の至りにございます」

越後屋の顔には脂ぎった笑みが張り付いている。玄蕃は越後屋のその卑屈な態度を心地よく感じながら、手元の茶を一口啜った。

「うむ。さて、そちに持ちかけた相談だがな…」

玄蕃はわざとらしく言葉を区切り、越後屋の視線を引きつけた。越後屋は期待に満ちた目で玄蕃を見つめている。

「近頃、市井で騒がれておる、まこと迷惑な話があるではないか」

「と申しますと、お代官様…?」

「痴れ者が、わからぬか! 世に蔓延る『迷惑電話』のことよ!」

玄蕃は苛立たしげに声を荒げた。越後屋は内心で舌打ちしながらも、殊勝な顔で頷く。

「はあ、なるほど。お屋敷にも、日中にわけのわからぬ電話がかかってくることがございまして…『お武家様のお屋敷にもかかってくるのか、まったく困ったものだ』と、使用人たちも嘆いておりました。まさか、お代官様もそのようなご不快な思いを…」

越後屋は玄蕃の顔色を窺いながら、調子を合わせた。玄蕃は大きく頷いた。

「うむ。わしとて例外ではない。この間もな、昼日中から『お宅の屋根瓦が古くなっております、今なら特別価格で修繕いたします!』などと、馬鹿げた電話がかかってきてな。一体、この黒沼玄蕃の屋敷の普請に、何人が手を出せると思っているのだ!」

玄蕃は吐き捨てるように言った。越後屋は心の中で「そんな電話がかかってくるお代官様もどうかと思いますがな」と毒づきながらも、顔には一切出さずに同調する。

「まことに、まことに。お代官様の御屋敷にそのような不届きな電話をかけるとは、言語道断でございますな!」

「まったくだ! それにだ、最近では『お宅の息子さんが大変なご病気で入院なされた』だの、『ご家族が大変な罪を犯しました』だのという、人を不安に陥れる悪質なものも増えておるというではないか。市井の者どもは、すっかり怯えきっておるわ」

玄蕃は腕を組み、不機嫌そうな顔で続ける。

「この迷惑電話とやら、まこと厄介な代物だ。しかし、この厄介事を、逆に金儲けの種にできぬものか、そう考えていたところだ」

越後屋の目にギラリと光が宿った。玄蕃の言葉は、越後屋にとって甘美な蜜の香りのようだった。

「おお…! さすがはお代官様。常人では思いつきもせぬ発想にございます」

「ふん。当然であろう。そこでだ、越後屋。そちの才覚で、この迷惑電話から銭を絞り出す策を講じよ。何か名案はないか?」

玄蕃は越後屋に問いかけた。越後屋は顎に手を当て、しばし思案するそぶりを見せた。その実、越後屋の頭の中では、すでにいくつもの悪辣な計画が渦巻いていた。

「ははあ…迷惑電話、でございますか。さようですな…」

越後屋はゆっくりと口を開いた。

「まず考えられますのは、『迷惑電話撃退装置』とでも申しましょうか。電話がかかってきた際に、相手の声を自動的に判別し、迷惑電話と判断すれば、即座に電話を切る、あるいは警告音を発する装置でございます。これならば、市井の者どもも安堵することでしょう。さすれば、我々はこれを作り、高値で売りさばくことができるかと」

玄蕃は腕を組み、面白くなさそうに首を傾げた。

「ふむ…それは悪くない。だが、それだけでは、いささか儲けが薄いのではあるまいか? そのような装置、誰でも作れるようになるだろう」

「おっしゃる通りでございます、お代官様」

越後屋はすかさず玄蕃の意を汲んだ。

「では、次に考えられますのは、『迷惑電話情報共有所』でございます。迷惑電話の番号を登録し、それを共有する仕組みです。市井の者どもが自ら迷惑電話の番号を報告し、その情報を元に、互いに迷惑電話を避けることができるようにするのです。もちろん、情報の利用には利用料を徴収いたします。そして、この情報をもとに、悪質な迷惑電話をかける者どもを特定し、ゆくゆくは…」

越後屋はそこで言葉を区切り、玄蕃の顔を窺う。玄蕃は面白そうに鼻を鳴らした。

「ふむ…特定し、どうするのだ?」

「特定した者どもに、わたくしどもから『罰金』を請求するのでございます。その罰金を支払わぬ者には、お代官様の威光を借りて、相応の報いを与える。これならば、一石二鳥でございます」

越後屋はにやにやと笑った。玄蕃の顔にも笑みが広がる。

「ほう…それは面白い。しかし、それだけでは、まだ足りぬ。もっと、根本から、銭を掴む方法はないものか?」

玄蕃はさらに上を求めた。越後屋は再び、思案するそぶりを見せた。

「さようですな…お代官様のおっしゃる通りでございます。根本から…」

越後屋の脳裏に、さらなる悪辣な計画が浮かんだ。

「では、こう考えます。迷惑電話が蔓延する原因は、そもそも電話というものが、誰からでも簡単にかけられるからでございます。これを逆手に取るのです」

「逆手に取る、とは?」

「はい。わたくしどもが、わざと『迷惑電話』をかけるのです」

玄蕃の目が大きく見開かれた。

「何だと…?」

「お代官様、ご想像ください。市井の者どもは、迷惑電話に辟易しております。そこで、わたくしどもが用意した、あたかも迷惑電話を撃退するかのようなサービスに、藁をも掴む思いで飛びつくでしょう。例えば、『安心電話番』とでも名付けましょうか。このサービスは、月額で利用料を徴収し、契約者には、迷惑電話がかかってこないようにすると謳うのです」

「しかし、それではただの詐欺ではないか」

玄蕃は眉をひそめた。

「ごもっともでございます。しかし、単なる詐欺ではございません。わたくしどもは、実際に迷惑電話をかけている者どもと結託し、彼らに『安心電話番』の契約者には電話をかけさせないようにするのです。もちろん、結託した者どもには、いくばくかの金を渡します」

越後屋はさらに続けた。

「そして、肝心なのは、契約をしていない者どもには、今まで以上に迷惑電話をかけるように仕向けるのです。そうすれば、迷惑電話に悩まされた者どもは、やむを得ず『安心電話番』に加入せざるを得なくなります。そして、一度加入すれば、迷惑電話が止むため、その効果を実感し、契約を継続するでしょう」

玄蕃は目を見開いたまま、越後屋の言葉に耳を傾けていた。越後屋は、確信めいた笑みを浮かべながら、さらに畳み掛ける。

「そして、この『安心電話番』の契約者情報もまた、重要な利権となります。裕福な者、孤立している者、あるいは病弱な者…そういった情報があれば、さらに別の商売にも繋げられます。例えば、『高額な壺』や『開運の数珠』など、不安に付け込む品を売りつけることも容易になります」

「ふむ…」

玄蕃は腕を組み、深く考え込んだ。越後屋の提案は、あまりにも悪辣だが、その分、莫大な利益を生む可能性を秘めていた。

「さらにでございます、お代官様。この迷惑電話の騒ぎを逆手に取り、もう一つ金儲けの種がございます」

越後屋はさらに深謀遠慮を巡らせていた。

「この世には、用心深い者もおります。そのような者は、いかに迷惑電話に困り果てようと、安易に高額な装置やサービスには手を出さぬでしょう。しかし、そのような者からも銭を巻き上げる術がございます」

「ほう、聞かせろ」

玄蕃は身を乗り出した。

「それは、『迷惑電話相談所』でございます。迷惑電話に悩む者どもから相談料を取り、その悩みを詳しく聞き出すのです。そして、彼らが抱える不安や不満を煽り立て、最終的には、われらの用意した『迷惑電話対策の指南書』を売りつけるのです」

「指南書、だと?」

「はい。内容は、迷惑電話を無視する方法、あるいは、迷惑電話をかけてきた者に対して、いかに毅然とした態度で接するか、といった、当たり前のことばかりでございます。しかし、それをさも特別な秘策であるかのように装い、高額で売りつけるのです。そして、その指南書を購入した者には、『わたくしどもが特別に選んだ、最も効果的な迷惑電話撃退グッズ』を抱き合わせで販売するのです」

越後屋は、まるで獲物を追い詰める狐のように、狡猾な笑みを浮かべた。

「そして、指南書を読んでも迷惑電話が減らないと苦情を言ってきた者には、『それはあなたの使い方が悪い』と一蹴するのです。あるいは、『さらに効果を高めるための上級編がございます』と、さらなる高額な指南書やグッズを売りつけることもできます」

玄蕃は、越後屋の悪辣さに、思わず舌を巻いた。

「越後屋…そちは、まことに恐ろしい男よのう」

「お代官様にお褒めいただき、恐悦至極にございます」

越後屋は深く頭を下げた。

「しかし、玄蕃様。この計画を実行するにあたっては、お代官様の絶大なるお力添えが必要不可欠でございます。何分、市井の者どもを惑わし、金を巻き上げるわけでございますから、もし事が露見すれば、只事では済みますまい」

越後屋は、玄蕃の顔色を窺いながら、核心に触れた。

「わかっておるわ。そちが稼いだ銭は、もちろんわしとそちで山分けだ。そして、万が一のことがあれば、この黒沼玄蕃が、そちを守ってやる。心配するな」

玄蕃は不敵な笑みを浮かべた。越後屋は心底安堵したように、深々と頭を下げた。

「お代官様のお言葉、まことに心強くございます。これで、わたくしどもは、心置きなくこの大事業に邁進できまする」

「うむ。ところで、越後屋。この迷惑電話とやら、わしにもかけてみるか? いささか退屈でな。相手がどういう反応をするのか、興味がある」

玄蕃は悪戯っぽい目で越後屋を見た。越後屋は一瞬ひるんだが、すぐにニヤリと笑った。

「もちろんでございます、お代官様。さっそく、わたくしどもが用意した『迷惑電話マニュアル』をお渡しいたしましょう。お代官様のお手でおかけになれば、市井の者どももさぞかし肝を冷やすことでございましょう」

二人の悪党の密談は、夜が更けるまで続いた。油燭の炎は揺らめき、その光は二人の顔に、欲望にまみれた陰影を落としていた。迷惑電話という、市井の者どもを悩ませる厄介事が、今や彼らの私腹を肥やすための新たな道具となる。江戸の闇は、さらに深く、そして、さらに悪辣な企みに満ちていくのであった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました