悪代官と越後屋が斬る!現代の人材派遣
「越後屋、今日の景気はどうだ?」
黒沼玄蕃は、上座にふんぞり返り、目の前の越後屋宗右衛門に不敵な笑みを向けた。彼の視線の先には、山と積まれた小判の山がちらつく。しかし、今日の玄蕃の興味は、金だけではなかった。
「へえ、お代官様。おかげさまで、抜かりなく。して、本日はどのようなお遊びでございましょうか?」
越後屋宗右衛門は、愛想笑いを浮かべながらも、その腹の内では常にそろばんを弾いている。彼の目もまた、玄蕃の傍らに置かれた書類の束に釘付けになっていた。そこには、「人材派遣」という見慣れない文字が躍っている。
「遊びではない。いや、遊びかもしれぬな。だが、これは世を渡るための、新たな“稼業”の匂いがする」
玄蕃は、扇子で書類の束を指し示した。
「ふむ、人材派遣、でございますか……。なるほど、人を貸し借りする商売、といったところでございましょうな」
越後屋は顎を撫でながら、興味深そうに書類を覗き込む。
「うむ。現代の世では、人を雇うにも、辞めさせるにも、ずいぶんと面倒な手続きがあるらしい。そこで、わしのような権力者が、人を都合よく集め、都合よく送り込む。これぞ、まことの“口入れ屋”ではないか」
玄蕃はにやりと笑った。彼の言う“口入れ屋”とは、江戸時代に存在した職業紹介のようなものだ。しかし、玄蕃が思い描くそれは、もっと狡猾で、もっと儲けの出るものに違いない。
「旦那様のお考えは、常に先を行かれておりますな。確かに、世の中には“腕は立つが、雇い主が見つからぬ者”や、“すぐにでも働き手が欲しいが、手間をかけたくない者”がおります。そこを繋げば、大きな利が生まれるやもしれません」
越後屋の目が、銭勘定のために輝き始める。彼の頭の中では、すでに様々なケースがシミュレートされていた。
「しかし、お代官様。人を貸し借りすると申されましても、そこには“人の心”というものが関わってまいります。これをどう操るかが、肝要かと」
「ふむ、そこが越後屋の腕の見せ所であろう。人にはそれぞれ“望み”というものがある。銭が欲しい者、身分を上げたい者、あるいはただ食い扶持に困っている者。それを見極め、適切な場所に送り込む。そして、もちろん、わしらがその間に入って、手数料を頂戴するのだ」
玄蕃は、指で銭の形を作り、越後屋に突きつけた。
「なるほど。つまり、我々が“中間搾取”の妙手となる、と。しかし、お代官様。現代の世は、かつてのようには参りません。下々の者が力をつけ、声を上げることも珍しくないと聞きます。あまりにも搾取が過ぎれば、反乱の火種となりかねませんぞ」
越後屋は、珍しく慎重な口ぶりで玄蕃を諌めた。彼もまた、商売人として、風向きを読む嗅覚は持ち合わせている。
「ふん、心配するな。何も、表立って酷い真似をするのではない。あくまで、合法的に、巧みに立ち回るのだ。例えば、だ。人材派遣とやらは、派遣される者が、雇われる側でなく、派遣する側に所属すると聞く。これは面白い。つまり、雇われる側は、いつでも都合が悪くなれば、我々に返せばよいのだな」
玄蕃の悪辣な思考は、現代の労働法規すらも己の都合の良いように解釈し始めた。
「さよう、お代官様。それが現代の利便性というもの。企業は、必要な時に必要なだけ人材を確保でき、不要になれば、いつでも契約を打ち切れる。そして、派遣された者は、様々な職場を経験できる、と表向きは謳っておりますな」
「ふむ、しかし、それだけでは、我々の利が薄いではないか。派遣される者から、賃金の一部を徴収し、さらに派遣先の企業からも手数料を取る。これこそが、人材派遣の真髄であろう?」
「まさに、お代官様のおっしゃる通りでございます。しかし、その“搾取”の度合いが問題。現代の世では、賃金に関する取り決めも厳しく、あまりにも不当な扱いをすれば、訴えを起こされる可能性もございます」
「訴え、とな。面倒な世になったものよ。しかし、越後屋。そこは越後屋の腕の見せ所であろう。巧妙に、そして合法的に、搾取の仕組みを作り上げるのだ」
玄蕃は、越後屋の目をじっと見つめた。その目には、底知れない欲望が宿っている。
「かしこまりました、お代官様。例えば、でございますが……。派遣される者には、低賃金でも文句を言わせないように、“特別な研修”や“キャリアアップの機会”をちらつかせるのはどうでしょう。まるで、我々が彼らの将来を考えているかのように見せかけるのです」
越後屋は、悪知恵を絞り始めた。彼の頭の中では、甘言と巧妙な仕組みが混ざり合い、新たなビジネスモデルが構築されつつある。
「ほう、それは面白い。まるで、わしらが彼らの“救世主”であるかのように見せるか。そして、派遣先の企業には、“即戦力”や“煩わしい手続き不要”を売り文句に、高額な手数料を請求する。これぞ、悪代官と越後屋の真骨頂ではないか!」
玄蕃は、高笑いした。
「さらに、お代官様。派遣社員という立場は、安定した雇用に比べ、社会保障や福利厚生が手薄になる傾向がございます。そこをうまく突けば、さらなる経費削減が可能です。病気になれば、すぐに交代させ、余計な手間はかけない。これぞ、効率化というもの」
越後屋の提案は、より冷酷なものへとエスカレートしていく。
「ふむ、それはまこと、現代の世にふさわしい。人の命は軽んじられ、銭勘定が全て。実に心地よい響きだ。しかし、越後屋。それだけでは飽き足らぬ。さらに、何か、この“人材派遣”の仕組みを悪用できる手立てはないものか?」
玄蕃の欲は、尽きることがない。
「お代官様……。例えば、でございますが、派遣社員の評価を意図的に低くつけ、正規雇用への道を閉ざすのはいかがでしょう。そうすれば、彼らはいつまでも我々の支配下に置かれ、低賃金で働き続けることになります」
越後屋の提案に、玄蕃は満足げに頷いた。
「面白い。それは面白いぞ、越後屋。まるで、わしらが彼らの“未来”を握っているかのような気分になるではないか。そして、もし反抗するような者がいれば、いつでも“契約解除”を突きつければよい。現代の世では、それが“合法的な追放”となるのだろう?」
「さよう、お代官様。それが現代の“労働市場”というもの。我々は、その市場を牛耳り、思うがままに操る。これこそ、真の権力というものでございましょう」
越後屋の顔には、すでに悪の華が咲き誇っている。
「しかし、越後屋。この仕組みをあまりにも露骨に利用すれば、いずれ世間の反発を招くやもしれぬ。表向きは、あくまで“社会貢献”や“労働者の権利保護”を謳い、その裏で巧妙に糸を引くのだ」
玄蕃は、最後に釘を刺した。彼は、ただの悪人ではない。世間の目も気にしつつ、いかにして私腹を肥やすかを熟知しているのだ。
「かしこまりました、お代官様。例えば、“多様な働き方の推進”や“ワークライフバランスの実現”など、耳障りの良い言葉を並べ、弱者を食い物にする。これぞ、現代の悪でございますな」
「うむ。越後屋、お主の腕には期待しておるぞ。この“人材派遣”とやら、わしと越後屋で、この世の全てを支配する足がかりとなるやもしれぬな!」
玄蕃と越後屋の悪だくみは、夜が更けるまで続いた。現代社会の抱える闇を、彼らの視点から見事に解釈し、私利私欲のために利用しようとするその姿は、時代を超えて変わらぬ人間の業の深さを物語っている。彼らの計画は、果たして現代社会にどのような影を落とすのだろうか。そして、彼らが考える“悪”は、果たして現代において、どのような形で現れるのだろうか。
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