悪代官と越後屋の密談「美容整形のトラブル」

闇夜に響く三味線の音、そして薄暗い奥座敷で向かい合う二つの影があった。一人は、この地の支配者として君臨する悪代官、黒沼玄蕃。もう一人は、その玄蕃に取り入り、私腹を肥やすことに余念のない稀代の守銭奴、越後屋宗右衛門である。今宵もまた、越後屋が手土産と称して持ち込んだ上等な酒を酌み交わしながら、二人は世の浮世を肴に高笑いしている……はずであった。しかし、今日の話題はいつもとは少しばかり毛色が違うようである。

「越後屋よ、最近巷では『美容整形』というものが流行っておるらしいな」

玄蕃が口を開くと、越後屋は「へい、お代官様」と恭しく頭を下げた。

「左様でございます。顔のしわを取り除いたり、鼻を高くしたりと、自分の容貌を意のままに変えられると、若い女どもを中心に大変な人気でございます」

越後屋は得意げに説明する。その顔には、新たな儲け話の種を見つけたかのような、いやらしい笑みが浮かんでいた。玄蕃は盃を傾けながら、ふむ、と頷いた。

「ほう、自分の顔を意のままに、か。それはまるで、我らが世を意のままに操るが如きことよな」

玄蕃はそう言って不敵に笑った。越後屋も「お代官様のおっしゃる通りでございます」と追従する。

「しかしな、越後屋。聞けば、その美容整形とやらで、どうにも騒動が起きているようではないか」

玄蕃の表情が、一瞬にして険しくなった。越後屋は途端に居住まいを正し、神妙な面持ちになった。

「は、はい。お代官様のご明察にございます。実は、施術に失敗し、顔が醜くなってしまったり、挙げ句の果てには健康を害したりする者もいると聞き及びます。中には、施術費用の高額さに耐えかねて、身を持ち崩す者までいるとか…」

越後屋は言葉を選びながら報告した。いつもなら、他人の不幸話など高笑いの種にする玄蕃だが、今回は様子が違った。玄蕃は眉間に深いしわを寄せ、静かに越後屋の言葉を聞いている。

「ふむ、失敗、か。銭を積んで美を手に入れようとした者が、かえって醜くなる。皮肉なものよな。そして、その失敗の尻拭いを誰がするのか、それが問題だ」

玄蕃の視線が越後屋に突き刺さる。越後屋はたじろぎながらも、懸命に言葉を絞り出した。

「それは、その、施術を行った医師や医療機関が責任を取るべき…と、世間では申しておりますが、なかなか話がまとまらず、泣き寝入りする者も少なくないと…」

「泣き寝入り、だと? そんな馬鹿な話があるものか。そち、もしやその美容整形とやらに一枚噛んでおるのではないか? そちのことだから、そういった流行りものにはすぐに目を付けるだろう」

玄蕃の言葉に、越後屋はあからさまに動揺した。

「滅相もございません、お代官様! わたくしめがそのような危ない橋を渡るはずがございません! ただ、その…わたくしめの傘下の者の中に、美容整形を扱う店に融資をしている者がおりまして…」

越後屋はしどろもどろになりながら弁解した。玄蕃は「ふん」と鼻を鳴らすと、じろりと越後屋を睨んだ。

「そのほうのことだからな、碌でもないことを企んでおるのだろうと思ったわ。しかし、越後屋よ。このようなトラブルが多発しているというのに、なぜ世間はそれを許しているのだ? 美を求める心は理解できぬではないが、それがかえって不幸を招くとは、本末転倒ではないか」

玄蕃は珍しく、世の理不尽に対して憤りを感じているようだった。越後屋は恐る恐る口を開いた。

「それが、お代官様。この美容整形と申しますものは、一度その誘惑に囚われますと、抜け出せなくなる者が多いようでございます。美しくなりたいという願望は尽きることがなく、一度手を出すと、さらに、さらにと求めてしまう。そして、それを商売にしている者どもは、その人間の心の隙につけ込み、巧みに金を巻き上げるのでございます」

「なるほど。それはまるで、賭場にはまって身を滅ぼす者と似ておるな。欲望に目が眩み、しまいには全てを失う。愚かなことよ」

玄蕃は静かに呟いた。越後屋は同意するように頷いた。

「ええ、お代官様のおっしゃる通りでございます。そして、この美容整形には、さらに厄介な問題がございます」

「ほう、申してみよ」

「それは、『情報』でございます。最近では、誰もが手軽に情報を発信できる世の中になりまして、その分、嘘の情報や誇張された情報が溢れかえっております。美容整形においては、『この施術で簡単に美しくなれる』などといった、安易な宣伝文句が氾濫しており、それに騙されて、安易に施術を受けてしまう者が後を絶たないようでございます」

「なるほど、情報か。我らが世を治める上で、情報の統制は肝要であると常々申してきたではないか。しかし、この現代とやらでは、それがままならぬと申すか」

玄蕃は腕を組み、深く考え込んだ。

「左様でございます。中には、実際に施術を受けた者の体験談と偽り、宣伝のために書かれた記事などもございまして、それがまた、人々の不安を煽り、美への渇望を掻き立てる要因となっております」

「ふむ、それは悪質極まりないな。虚偽の情報で人を欺き、銭を巻き上げる。我らがやっていることと何ら変わらんではないか」

玄蕃は苦笑いした。越後屋も「お代官様には及びもつきませぬが」と前置きしつつ、「おっしゃる通りでございます」と応じた。

「そして、もう一つ。この美容整形というものには、『心の闇』が深く関わっているように思われます」

越後屋が真剣な面持ちで語り始めた。玄蕃は越後屋の言葉に耳を傾けた。

「どういうことじゃ?」

「はい。人は皆、多かれ少なかれ、自分の容貌に不満を抱いております。特に、この現代においては、SNSなどと申しまして、自分の姿を他人に見せびらかす機会が増えております。そこで、他人の美しい姿と自分を比較し、劣等感を抱く者が増えていると聞きます。そして、その劣等感を埋めるために、美容整形に走る者が少なくないようでございます」

「なるほど、見栄と劣等感か。それはいつの世も変わらぬ人間の性(さが)よな」

玄蕃は深く頷いた。越後屋はさらに続けた。

「ええ。そして、一部の悪徳業者は、そのような人々の心の隙につけ込み、さらに不安を煽り、高額な施術を勧めて金儲けをするのでございます。『あなたはもっと美しくなれる』『この施術を受ければ人生が変わる』などと甘言を弄し、精神的に追い詰める手口も横行していると聞きます」

「なんと、それは卑劣極まりない所業ではないか。人の心の弱みにつけ込むとは、悪代官である我らですら、そこまで外道な真似はせぬぞ」

玄蕃は怒りを露わにした。越後屋は内心で(お代官様とて、なかなかの外道かと存じますが)と思いながらも、顔には出さなかった。

「まことに恐縮ながら、お代官様のおっしゃる通りでございます。さらに、施術を受けた後も、その美容整形によって得られた美しさが永続するわけではございません。時間と共に効果が薄れたり、加齢によって新たな悩みが生じたりすれば、また次の施術を求める。まさに、際限のない欲望の泥沼でございます」

越後屋はそこで言葉を切った。玄蕃は黙って話を聞いていたが、やがて口を開いた。

「越後屋よ、その話を聞くにつけ、この美容整形とやらが、いかに現代において厄介な問題であるかがよく分かった。銭を毟り取る手口は我らと変わらぬが、人の心にまで深く踏み込み、その人生を狂わせる。我らがやっている悪事とは、また別の種類の悪事であるな」

玄蕃は深い溜息をついた。越後屋は「お代官様のお言葉、まことに恐れ入ります」と頭を下げた。

「しかしな、越後屋。そちもその手の話には詳しいだろう? このようなトラブルを防ぐ手立てはないのか? あるいは、これを逆手に取って、我らが何か一儲けできる策はないか?」

玄蕃は突如、にやりと笑った。越後屋は待ってましたとばかりに、顔を輝かせた。

「お代官様、さすがでございます! 実は、わたくしめも同じことを考えておりました!」

越後屋は身を乗り出した。玄蕃は「ほう」と興味深そうに耳を傾けた。

「まずは、情報でございます。先ほども申し上げましたように、嘘の情報が蔓延しておりますゆえ、これを正す必要があるかと存じます。お代官様の権力を以てすれば、正しい情報を選りすぐり、庶民に伝えることができましょう。その際には、情報を閲覧するための手数料を徴収すれば、よろしいかと…」

「ふむ、情報の統制と手数料か。それは面白い。しかし、それだけでは、根本的な解決にはならぬな。それに、情報だけでは、美を求める者の心の隙を埋めることはできぬ」

玄蕃は越後屋の提案を評価しつつも、さらに深い策を求めた。

「お代官様のご慧眼にございます。そこで、次に考えられるのが、『心のケア』でございます。美容整形を求める者の多くは、心に何らかの不安や劣等感を抱えております。その心の闇を癒やすことができれば、無闇に施術に走る者も減るかと存じます」

「ほう、心のケア、とな。それはまた、我らのような悪代官には似つかわしくない言葉だな」

玄蕃は皮肉っぽく言った。しかし、越後屋は真剣な表情で続けた。

「いえいえ、お代官様。これもまた、新たな商機と捉えることができるかと存じます。心の悩みを抱える者から、その相談料を徴収し、心の安寧を与えてやるのです。もちろん、その心の安寧とやらが、真に得られるかどうかは別問題でございますが…」

越後屋はそう言って、にやりと笑った。玄蕃もまた、越後屋の悪辣な発想に、思わずといった顔で笑みを浮かべた。

「なるほど、なるほど。心の悩みに付け込み、そこから銭を巻き上げるか。さすがは越後屋よ、その発想は我ら悪代官をも凌ぐかもしれぬな」

玄蕃は感心したように言った。越後屋は恐縮しきった様子で頭を下げた。

「滅相もございません、お代官様。しかし、これだけは申し上げとうございます。美への欲望、そして他者との比較による劣等感、これらは決してなくならない人間の性でございます。ゆえに、美容整形という商売もまた、形を変え、姿を変え、いつの世も存在し続けることでしょう」

越後屋は静かに締めくくった。玄蕃は盃に残った酒を一気に飲み干すと、深く頷いた。

「越後屋よ、その通りよな。人の欲望というものは、尽きることがない。そして、その欲望がある限り、我ら悪代官も、そちのような越後屋も、世から消え去ることはない。美容整形とやらのトラブルも、突き詰めれば人間の欲望と愚かさに起因する。この世に悪がはびこる限り、我らの稼業も安泰というわけか」

玄蕃はそう言って、高らかに笑った。越後屋もまた、玄蕃に合わせるように、いやらしい高笑いを響かせた。

闇夜に響く二人の高笑いは、まるで現代社会の抱える問題に対する、皮肉な鎮魂歌のように聞こえた。美を追い求める人間の愚かさ、それにつけ込む者たちの狡猾さ。時代が変わろうとも、人間の本質は変わらない。そんなことを、悪代官と越後屋の会話は示唆しているかのようであった。

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