悪代官と越後屋の密談「スマホ依存症」

「これはこれは、越後屋。待ちかねたぞ。」

黒沼玄蕃は、油ぎった顔に下卑た笑みを浮かべ、越後屋宗右衛門を上座へと促した。宗右衛門は深々と頭を下げ、盆に載せた菓子折りを差し出す。

「お代官様には、ご機嫌麗しく。些少ではございますが、某、越後屋からの手土産にございます。」

「うむ、ご苦労。して、越後屋。今宵の密談の件、いかが相成った?」

玄蕃は菓子折りには目もくれず、早速本題に入った。宗右衛門は、すり鉢状の顔ににこやかな笑みを張り付けたまま、おもむろに口を開いた。

「へえ、お代官様。お耳に入れておきとうございましたのは、今巷で流行りの『スマホ』とかいう代物でございます。」

「スマホ? なんじゃそりゃ。」

玄蕃は怪訝な顔をした。宗右衛門はしたり顔で続ける。

「それがですね、お代官様。手のひらに収まるほどの板に、遠くの者と話ができ、絵も文も送れるという、まことに不思議な道具でございます。しかし、これが曲者でしてな。一度手にすると、肌身離さず、寝食を忘れて没頭する者が後を絶たぬ、と。」

「ほう……それはまた、面白そうな道具よな。で、そち、そのスマホとやらで、いかが金儲けを企んでおる?」

玄蕃の目は、ギラリと光った。宗右衛門は待ってましたとばかりに、膝を乗り出す。

「へえ、お代官様。それがし、考えましたのは、このスマホに人々をさらに熱中させ、そこから銭を巻き上げる方法にございます。」

「ふむ、具体的に申してみよ。」

「まず、このスマホ、最初こそ目新しいゆえ皆が飛びつきますが、やがて飽きも来ましょう。そこで、新たな趣向を凝らすのでございます。例えば、絵草子や物語を、このスマホでしか見られぬように仕立てる。あるいは、珍しい遊び道具をスマホの中に仕込む。人々は、それらを求めて、競ってスマホに時間を費やすようになりましょう。」

「なるほど、それは悪くない。だが、それだけでは、大した稼ぎにはならぬであろう?」

玄蕃は、不満そうな顔をした。宗右衛門は、ニヤリと笑う。

「へえ、お代官様。ご安心くだされ。ここからが、この越後屋の真骨頂でございます。」

宗右衛門は声を潜め、さらに続けた。

「人々は、このスマホに時間を費やすうちに、だんだんと現実の世界から目を背けるようになります。仕事も手につかず、家族との会話も減り、ついには健康を害する者も出てまいりましょう。そこへ、でございます。この越後屋、救いの手を差し伸べるのでございます。」

「救いの手、だと? いかがするつもりじゃ?」

玄蕃は興味津々といった顔で、宗右衛門の言葉の続きを促した。

「まずは、スマホのやりすぎで目を悪くした者には、高価な目薬や、目の回復を謳う薬草を売りつけます。寝不足で体調を崩した者には、滋養強壮の薬を。挙句の果てには、スマホをやりすぎたせいで仕事が手につかず、貧乏に喘ぐ者には、高利で金を貸し付けるのでございます。」

「うむ、それは面白い。だが、皆が皆、スマホに溺れるとでも申すのか?」

「へえ、お代官様。それがし、よおく市井の者どもを観察しておりましたが、人間というものは、一度楽な方へ流れると、なかなか元には戻らぬものでございます。このスマホとやらも、同じでございます。指先一つで何でも手に入る便利さに慣れてしまえば、わざわざ苦労して外へ出ようとはしなくなります。やがて、スマホがなければ生きていけぬ体になってしまいましょう。」

「ふむ、その言い草、まことか。だが、もし、皆がスマホにばかり夢中になって、世の中が立ち行かなくなったら、いかがする?」

玄蕃は、ふと不安そうな顔をした。宗右衛門は、涼しい顔で答える。

「お代官様、ご心配には及びませぬ。世の中が立ち行かなくなれば、それはそれで、新たな金儲けの種が見つかるものでございます。例えば、スマホに熱中しすぎて仕事ができなくなった者どもを、安価な賃金で働かせることもできましょう。あるいは、スマホの普及によって廃れてしまった生業を、この越後屋が買い叩くことも可能でございます。」

「なるほど、越後屋。そちの頭は、まことに油田のごとしよな。尽きることなく、銭の匂いを嗅ぎつける。」

玄蕃は満足そうに頷いた。宗右衛門は、さらに畳み掛ける。

「へえ、お代官様。まだまだございます。このスマホには、人々が何を好み、何を求めているか、全てが記録されると申します。例えば、ある男が、いつも絵草子ばかり見ているとわかれば、その男には、さらに多くの絵草子を売りつけることができます。あるいは、ある女が、いつも美しい着物を欲しがっているとわかれば、その女には、高価な着物を売りつけることができるのでございます。」

「ほう、それはまことに恐ろしい道具よな。人々の心の奥底まで見透かす、というわけか。」

「へえ、お代官様。その通りでございます。人々は、知らず知らずのうちに、この越後屋の手のひらの上で踊らされることになりましょう。そして、この越後屋は、そこから莫大な富を築き上げるのでございます。もちろん、その富は、お代官様と、この越後屋の間で、しかるべく分け合わさせていただきます、へへへ。」

宗右衛門は、卑しい笑みを浮かべた。玄蕃もまた、満足げに頷く。

「うむ、越後屋。そちの才覚には、まことに感服いたした。では、早速、そのスマホとやらで、一儲け企むとしようか。」

「へえ、お代官様。お任せくだされ。この越後屋、お代官様のご期待に沿えるよう、粉骨砕身、努めさせていただきます。」

二人の悪党は、互いに顔を見合わせ、下卑た笑みを浮かべた。今宵もまた、市井の人々の血と汗が、彼らの懐を潤すことになろう。

「それにしても、越後屋。そのスマホとやら、まことに恐ろしき道具よな。人々をここまで惑わすとは。」

玄蕃は、ふと、ぼそりとつぶやいた。宗右衛門は、ふっと笑う。

「へえ、お代官様。恐ろしいのは、道具ではございませぬ。恐ろしいのは、それに溺れる人々の心でございます。欲深き心、怠惰な心、そして、楽を求める心。それらの心が、この越後屋の金儲けの糧となるのでございます。」

「ふむ、確かに。だが、越後屋。そちも、そのスマホとやらに、あまり深入りせぬよう、気をつけよ。自らが生み出したものに、自らが食われる、などということも、世の中にはままあることよ。」

玄蕃は、どこか警告めいた口調で言った。宗右衛門は、一瞬、ぎょっとしたような顔をするが、すぐにいつもの卑しい笑みに戻る。

「へえ、お代官様。ご心配には及びませぬ。この越後屋、銭の匂いには敏感でございますが、己の身を滅ぼすような真似はいたしませぬ。銭儲けは、あくまで銭儲け。わきまえておりまする。」

宗右衛門はそう言い切ったが、その瞳の奥には、どこか暗い光が宿っているように見えた。

二人の密談は、夜が更けるまで続いた。市井の人々が、明日の糧を得るために汗水流している間に、二人の悪党は、その汗水をいかに吸い上げるか、悪知恵を絞り続けたのである。スマホの普及が、彼らの悪行に新たな肥沃な土壌を提供したことは、言うまでもない。

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